語り継ぐVERITA―校正者の独り言―

 邪推であると思いたい、が
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     邪推であると思いたい、が

     

     とりあえずホッとはしています。でもそれ以上に戸惑っています。日本維新の会所属の丸山穂高議員が国後島で「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」「戦争をしないとどうしようもなくないすか」などと発言したことへの世間の反応に対してです。

     当初この発言を目にしたときは、またやらかしたのか、という感じでした。以前から酒でトラブルを起こしたり、軽口を叩いて橋下徹に「ボケ!」なんて言われて離党届を出したかと思えばすぐ撤回したりして、ちょっとした話題になっていましたから。しかし、桜田義孝のように問題人物扱いされることはありませんでした。今回も大した騒ぎにはならず、せいぜい「言い過ぎだが気持ちはわかる」といったあたりで収束するだろうと思っていました。現に丸山は当初「発言を切り取られており、心外」などと述べており、メディアに責任を転嫁していました。簡単に乗り切れると高をくくっていたのでしょう。

    https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44739660T10C19A5CC1000/

     

     しかし、世論は猛反発しました。丸山は発言を撤回し、日本維新の会からは除名されました。与野党ともに非難はしても、かばう声はほとんどありません。戦争によって領土紛争を解決しようというのは、公然と憲法第九条に違反するわけで非難されるのは当然です。

     でも、どうも腑に落ちないんですよね。丸山の発言が憲法違反だから皆さん怒っているんでしょうか。別の要因のほうが大きいんじゃないでしょうか。

     まず、丸山の態度の悪さ。酔っぱらって元島民に絡むというのはどう見ても擁護できる余地はありません。もし、シラフで冷静に「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか」と質問したらどうだったでしょう。外面さえ冷静だったらどんな発言でも許されるのは、官房長官の記者会見を見て痛感しています。

     そして、丸山が無名だったこと。麻生太郎が「セクハラ罪という罪はない」などと暴言を吐いても、「言えないような本音を言ってくれる人」として公認されているので大して批判されませんが、丸山はせいぜいネット上で多少名を知られている程度の存在です。何の遠慮もなく批判できます。

     さらに、暴言の対象がロシアだ、ということ。北方領土返還交渉が進展している(?)中で、ロシアを刺激するのはまずいという雰囲気があったからじゃないでしょうか。もし中国や韓国相手に戦争しよう、と丸山が言ったらどうだったでしょう。

     こういった要因が重なり最終的に「皆が思っているから丸山が悪い」という境地に達した、というのが真相のような気がします。この推測が邪推で、戦争をしてはいけないというコンセンサスが明確にあるなら素晴らしいことです。でももしそうならどうして自民党の進める憲法改正に対して批判とまではいわなくても、懐疑的な意見が大きくならないのでしょうか。なぜ菅や麻生の発言は丸山ほど問題視されないのでしょうか。

    (てーるはっぴー)

    | co-verita | 社会の動き | 00:06 | - | - | - | - |
    ゴジラKOM感想
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      ゴジラKOM感想

       

       映画「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」を、公開3日目の6月2日に見た(字幕版、THX方式)。IMAX方式の画像・音響の鮮明さと迫力には敵わないが、THXもなかなかのものである。よく行くイオンシネマがこの方式で、交通の便がよく、ひどく混雑することもないので、今回も利用した。

       ちなみに筆者はこれまでのゴジラシリーズ34作のうち、30作を劇場で(リバイバル上映を含む)、残る4作もテレビで、すべて見ている。「シン・ゴジラ」は劇場で18回見た。

       今作は2014年「GODZILLA」の直接の続編であり、前作の成功を受けて制作が決まったとのことで、前作に登場した新怪獣ムートーに代わり、日本版で人気の高いモスラ、ラドン、キングギドラが登場すると、早い段階から予告されていた(他にも前作のムートーや、「端役」の新怪獣が登場するが、メインの4体の組み合わせは、筆者が好きな「三大怪獣 地球最大の決戦」と同一である)。

       メインの登場怪獣だけでなく、今作は至るところにシリーズ過去作へのオマージュが見受けられた。

       

      ・キングギドラを「モンスター・ゼロ」とも呼称する(「怪獣大戦争」でX星人が)

      ・ラドンが火山から出現する(「空の大怪獣ラドン」の阿蘇山)

      ・モスラが中国に出現する(「怪獣総進撃」で北京に)

      ・対怪獣兵器「オキシジェン・デストロイヤー」が登場する(「ゴジラ」〈1954年版〉)

      ・「芹沢博士」(演・渡辺謙)が潜水服姿で怪獣に挑む(同)

      ・キングギドラの声が、低いながらも日本版のそれに近い(「三大怪獣 地球最大の決戦」他)

      ・劇中音楽に、伊福部昭氏が作曲した「ゴジラ」メインタイトルや「モスラの歌」が使われる(「ゴジラ」「モスラ」他)

      ・キングギドラの引力光線が、従来の口からだけではなく、翼と尾の先からも放射される(「シン・ゴジラ」でのゴジラ)

       

       他にも、インターネット上に「怪獣と意思疎通を図る機器『オルカ』のデザインが、『モスラ』で小美人を運んだ箱に似ている」との指摘が見られ、これも間違いないだろう。

       よくこれだけ詰め込んだなと思うほどのオマージュの固まりであり、そういう意味では面白かったのだが、逆にそれだけに終始してしまって、ストーリーは凡庸…というより、正直だいぶあちこち破綻していた。いわゆるご都合主義や「やりすぎ」な部分も多かった。ゴジラが吐いた放射線熱で汚染されているはずのエリアに米軍が防護服も着ないで入って行くし、あの展開では少女マディソンはギドラに10回くらい殺されていてもおかしくない。

       また怪獣はすべて着ぐるみではなくフルCGで造られているが、CGの悪い点が出てしまったように思う。特にギドラは動きがぐにゃぐにゃしすぎで生物感に乏しいのだ。モスラも光りすぎである。その一方で、ゴジラやギドラが妙に人間臭い「表情」を見せる。キングコングならあれでいいかもしれないが、爬虫類や宇宙怪獣では違和感が付きまとう。

       2014年「GODZILLA」はよくできていたし、東日本大震災にもきちんと向き合っていた。その監督だったギャレス・エドワーズは、今回も当初は監督を予定されていたが、スケジュール等の都合で、マイケル・ドハティに交代したとのことだ。やはりギャレスに撮らせるべきだったのでは。しかしギャレスも今作の脚本には関わっているようだし…うーん。

       とにかく「シン・ゴジラ」(2016年)のテーマ性、リアリズム、緻密さ、伏線の張り方と回収の仕方、過去作へのオマージュ、こだわり方等が尋常でなかっただけに、今作は大ざっぱさが目についてしまった。次作「Godzilla vs. Kong」では改善されているといいのだが。

       特撮・怪獣映画について、平成ガメラシリーズ3部作の金子修介監督の「怪獣映画って、怪獣自体が大嘘じゃないですか。だから怪獣以外は全部本物に見えなきゃいけないんです」という言葉に、この監督は信頼できると思ったし、実際に平成ガメラ3部作も、その流れを汲む(と言っていいだろう)「シン・ゴジラ」も、そのように作られていた。今後もそうした、大人の観賞に耐え得る良質な怪獣(特撮)映画が制作されることを望む。

       でもまあ、IMAXでもう1回くらいは見てもいいかな。(command Z)

      | co-verita | 本・映画・演劇・音楽 | 20:58 | - | - | - | - |
      色への思い入れ その2:オレンジ色(橙色)
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        色への思い入れ その2:オレンジ色(橙色)

         

         第2回目はオレンジ色(橙色。以下オレンジ)を取り上げる。

         オレンジは、初めは特に好きでも嫌いでもない色だった。性別や色に関して偏見のない環境で育ったので、子どものころから真っ赤なシャツなども着ていたが、男子向けでオレンジやピンクの服は世の中にあまりなかったのではないか。

         オレンジを意識した古い記憶の一つが 特撮TVドラマ「人造人間キカイダー」だ。ヒーローが戦う悪の組織のアンドロイド(ダーク破壊部隊)の名は、原則として「色名+動物名」の形を取る。第1話はグレイサイキング=灰色のサイ、うん。第2話はグリーンマンティス=緑のカマキリ、うんうん。第3話はオレンジアント…オレンジの蟻? しかしこれが、蟻酸が武器だというイメージに合っていて、なかなかよかったのである。

         特撮では「ウルトラマン」の科特隊と「帰ってきたウルトラマン」のMATの制服の色がオレンジだった。新マンは当然、初代へのオマージュの意味があったのだろう。当時は「だからオレンジはかっこいい」にまでは至らなかったが、この2作品でオレンジが印象づけられた。後年、高校の文化祭で、上級生がウルトラマンもどきの映画を作っていたが、やはり防衛隊の制服の色はオレンジであった(水泳部のジャージがオレンジだったのを利用していた)。

         次作「ウルトラマンA」の第3話には、超獣バキシムが登場した。それまでのウルトラ怪獣は、比較的地味な色をしていた。ところがAに登場するのは、異次元人ヤプールが合成した、怪獣より強い「超獣」であり、それを強調するためか、造形はやや過剰で、色も派手なものが多かった。例えば第1話に登場したベロクロンは、全身からミサイルを発射し、体は赤と青のツートンカラーである。強いんだろうなとは思ったが、どこかおもちゃっぽいなとも感じたものだ。

         その中にあってバキシムは、対照的な2つの要素をうまくまとめた、派手ではあるが洗練されたデザインであった。前面は灰色がかった生物らしい有機的な、背面は鉱物の結晶を思わせる無機的な造形で、これが鮮やかなオレンジだったのである。そしてこれはオレンジとは関係ないが、バキシムには「空を割って空間を移動できる」能力があり、天空がまるでガラスのようにパリパリと割れる秀逸な演出が、「異次元から来た」ことを視覚的に強烈に印象づけた。現在でも「怪獣総選挙」のようなイベントがあると、レッドキング、ゴモラ、ゼットン、キングジョー、ベムスターといった強くて有名な怪獣に交じって、バキシムが人気上位に顔を出すのもうなずける。

         そしてオレンジと言えば、レッド・ツェッペリンである。ロックバンドの最高峰であり、 ジョン・ボーナム(ボンゾ)は最も好きなドラマーである。

         ツェッペリンは中学のときから好きでよく聴いていたが、当時はロックバンドが動く映像を見られる機会は少なく、筆者は映画「狂熱のライブ」を高校のときに初めて見た(当時の渋谷東急)。曲がいい、演奏がうまい、動きがかっこいい…「狂熱のライブ」は今でも一番好きな音楽映画だ。4人のメンバーを1人ずつフィーチャーしたシーンも挿入され、現在までのロックにある要素で、当時の彼らがやっていないのは「打ち込み」だけである。

         中でも強い印象を残した一つが、ボンゾが叩くラディックのアンバー(オレンジ)ビスタライトだ。筆者は当時まだドラムを始めておらず、楽器の知識がなかったので、本格的なロックバンドであるツェッペリンが、ギミック的な意味合いの強い(と当時は思っていた)アクリル製の透明なドラムを叩くのが面白かった(アクリルのドラムが木製に遜色ないというのは、後に知った)。

         由来やこだわりはわからないが、ツェッペリンはデビュー当初からオレンジを印象的に使ってきた。1stアルバムのジャケットは、墜落する飛行船がモノクロで描かれた中、バンドロゴだけがオレンジである。裏ジャケは全体が薄いオレンジだ。また5thアルバム「聖なる館」のジャケットは、北アイルランドのジャイアンツコーズウェーと子どもたちの写真を加工してあしらったもので、全体の基調色はオレンジ。解散後に出た4枚組ベストアルバムもオレンジ基調である。

         こうしてオレンジは自分の中で「格」が上がっていき、好きな色の一つになった。目立つし他と区別しやすいので、いくつか登録しているSNSのアイコンはすべてオレンジだ。PCやスマホの画面を高速でスクロールしても、すぐに目に留まって便利である。(command Z)

        | co-verita | 雑ネタ | 20:00 | - | - | - | - |
        ラビューの前売り特急券を購入する
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          ラビューの前売り特急券を購入する

           

           3月、秩父へ1泊2日の温泉旅行に出かけた。旅行らしい旅行は久々である。しかし本稿の主題は旅行ではない(笑)

           

           旅行の計画自体は数カ月前から立てていた。さらにその前から、西武鉄道がニューレッドアロー以来25年ぶりに、斬新なデザインの新型特急車両「ラビュー(Laview)」を開発中であることを知っていた。そして「ラビュー、デビュー間近」のニュースが入ってきた。

           具体的な日付はまだ書かれていなかったが、考えてみると、近々JRのダイヤ改正が予定されており、通例だと私鉄各社もそれに合わせてダイヤを改正し、新型車両もそのタイミングで投入されることが多い。JRのダイヤ改正は3月16日。ラビューのデビューも同日になる可能性が非常に高い。そしてそれは旅行初日(往路)なのだ。

           デビュー初日は鉄道マニアが押しかけるかもしれないが、復路(17日)ならば前夜から並ばなくてもチケットが取れるのではないか(注:西武の特急列車は全便全席指定である)。特急券の発売日は、乗車日1カ月前の午前7時である。具合のいいことに、旅行は3月の土日なので、1カ月前も同じ曜日だ。3月17日の特急券を買うには、2月17日、日曜日の朝イチから並べば大丈夫だろう。発売駅は何カ所かあるが、自宅から行きやすいのは西武新宿だ。

           

           2月の早朝なので暗いし寒かったが、予定どおり地元の駅から始発電車で新宿に向かった。着いてみると出札窓口の前には誰も並んでおらず、いささか拍子抜けした。並ぶと言っても2時間程度で大したことはない。温かい缶コーヒーを飲んだりスマホでSNSを見たりして過ごした。

           6時を過ぎると駅員氏が現れて記入票などを準備し始め、「ラビューですか」と聞いてきた。「はい」「寒いのにすみませんね」「いえいえ」「昨日は結構並んだけどね」などと会話し、記入票を書いて提出する。

           7時少し前になると、席の希望はあるかと尋ねられた。ここでマニアの本領発揮である。せっかくなら「いい席」に座りたい。いい席とはどこか。考えていたことはこうだ。

           

          ・西武秩父〜池袋の列車は、全て飯能でスイッチバックする。

          ・西武秩父〜飯能は山がち(=夜間はさほど眺望が期待できない)の単線で距離が短く、飯能〜池袋は複線で長い。

          ・飯能〜池袋で先頭になる車両の、前の方の席がいいだろう。

          ・対向列車がよく見える、進行方向に対して右側の席がいいだろう。

          ・ラビューは側窓が非常に大きいのが特徴だが、窓1つで座席2列分、奇数列目より偶数列目の方が眺望がいいはず。

           

           具体的な号車番号や席番号はわからなかったので、駅員氏に対しては「飯能でスイッチバックしますよね。飯能〜池袋で先頭になる車両の、右側、前から2列目の2席を」とお願いした。

           こちらの意図は理解されたが、駅員氏も具体的な号車・席番号までは覚えていなかったようで、編成・座席を示した図を3人ほどで囲みながら「どっちだ?」などとやっている。

           しかし面倒だという様子はなく、むしろ楽しげ、誇らしげにも感じられた。そりゃあそうだろう、25年ぶりの新型特急車には社員としても期待を懸けているだろうし、真冬の早朝から並んで席にもこだわって乗ってくれる客なんだから(笑)

           

           購入後、右側にして良かったと思ったことがもう一点あった。車内の写真を見ると運転室後方(客室との仕切り部)にも大きな窓がしつらえてあり、客席からも前面の眺望は良さそうだが、乗るのは夜間だから、客室内照明の反射(映り込み)を防ぐため、運転席直後の窓はカーテンを閉めてしまうだろう。しかし多くの地下鉄のように、右側だけは開けておくなら、右側の座席からは前方が見えるわけだ(果たして実際そのとおりであった)。

           

           秩父で観梅、温泉、食事、山歩き等を楽しんだあと、ラビューに乗車して帰ってきた。実に快適であった。乗車時間が81分とそれほど長くないので、途中トイレには行かなかったが、客席だけでなくあちこち見ておけばよかったとちょっと反省した。しかし今後は現行のニューレッドアローをすべてラビューで置き換える予定だし、秩父のプチホテルも良かったので、季節を変えてまた旅行してみようと思う。(command Z

           

          | co-verita | 校正者の暮らし | 22:04 | - | - | - | - |
          「校正夜話」感想文
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            「校正夜話」感想文

             

            【管理者より】

             この文章は、1982年に刊行された西島九州男著『校正夜話』(日本エディタースクール出版部刊)後半部分の感想文です。当社派遣就労者のキャリアアップ研修の一環として、在宅作業で書かれました。題材は古いものですが、現代にまで通底する内容があり、感想文としてもよく書かれているため、ブログで公開することにしました。小見出しは管理者が付けています。味読ください。

             

            漱石全集の校正

             時勢に沿って、若い人に読みやすいように新字体・新仮名使用、難しい漢字は仮名にするという方針の漱石全集が刊行されるなか、大正13年に岩波書店に入社した筆者が携わる漱石全集の方針は原典主義でした。ここでは、第一次・第二次の「漱石文法」(漱石の特色は保存しながらも、それによって画一にならないように仮名遣いや送り仮名などを整理してゆくやりかた)から第三次の全集、いわゆる震災後版においての編集方針の変遷から、第三次における整理せず原稿どおりにする小宮式方針としたことによる間違いルビへの不満(原稿の間違いは間違いのままとしている)や、組版について火災後の印刷所での活字のタイプを揃えるために苦労した話などがつづられます。そこから、昭和42年刊行の大型全集からルビの仮名遣いに限って正しく揃え、本文は原稿に従って本文の仮名遣いの間違いなどは、原稿に従ってそのままとなったこと、そこに至る理由としてあげられるのは漱石が朝日新聞の文芸欄を担当していた時に、志賀直哉へとあてた手紙の中の「ルビなんかいい加減に振っておくと、向こうでちゃんとやってくれる」との言葉。そこから忖度し、間違いルビについても、漱石は間違えないように振っただけで、こちらが「これは間違ってますよ」といえば「正しくしろ」というに違いないと結論付けます。本文の仮名遣いについてはいくつか例を出し、「特に辞書だけでは割り切れない点があって、こういうものが文学もののニュアンスのひとつにもなる」と述べ、「この松は周り一尺もある大きな樹で」とあり木の周囲と直径を取り違えたと思しきもの、「木米」と「杢兵衛」など単純に間違えたと思しきもの、「よりけり」と「よりきり」、「日がかぎる」「話しばいがする」「いっちょうらい」「あとびさり」など江戸っ子である漱石の東京の訛りと思しきもの。ほかにも、あて字名人といわれる漱石の辞書どおりになおしたら面白みが無くなってしまいかねないものとして、「非道(ひど)い」「凡倉(ぼんくら)」「盆槍(ぼんやり)」「三馬(さんま)」などのあて字。杓子定規的な校正は要注意事項のひとつと筆者は語り、文学物の校正の難しさが伝わってきます。

            名人・大作家の校正に問われたこと 

            また、人・時代により特殊な表現があるとともに、同じ人でもその執筆年代により用字・用語・仮名遣いに変遷がみられ、編集・校正ともに十分な配慮が必要だと例をもって説明されます。例えば泉鏡花の場合、「玄人」を「苦労人」、「とうふ」の「ふ」は「腐」の字を嫌って「府」を使い「豆府」としていること。漱石門下の小宮豐隆は「一応」を「一往」、「立派」を「立破」、「急所」を「灸所」と書いています。時代によるものとしては、明治から大正の初めあたりにかけて「自動車」「自動電話」は「自働車」「自働電話」など「働」の字も使われていたところを「動」が正しいとなおしてしまうと、その時代のニュアンスが無くなってしまいます。「牛車」を「ぎっしゃ」と読めば平安時代の貴人の乗用車のことになり、「ぎゅうしゃ」と読めば牛にひかせる荷車のことに、「腹帯」でも昔の軍記物などでは「はるび」、今の馬の「腹帯」は「はらおび」、「あらたし」というのは「あたらし」と同じことでも現代的に「あたらし」と直すわけにはいきません。日本語の「鮭」「鮎」は中国では「ふぐ」「なまず」と、日本に入ったときに翻訳を取り違えたものも例示されます。生国など環境によって違う例として、徳富蘆花著『自然と人生』で「石垣」を熊本方面の言い方で「いしかき」、「うすぐらい」を「うどぐらい」としています。同じ人での執筆年代による違いとしては津田右京を例として、戦後は音・訓の仮名遣いを区別し、字音仮名遣いは、せう・せふ・しゃう・しょう、ともに仮名遣いの別はあっても音には区別はないから一様に「しょう」とし、訓の仮名遣いは「水道橋からお茶の水」というような場合の「水道」は音だから「すいどう」、お茶の水の「水」は訓だから「みづ」と区別しており、この「意図」を「乱れ」と誤解しての入朱を戒めています。そこから、作家・作品に通暁している人でなければちゃんとした仕事はできないし、あて字なり言葉癖なり、文章の癖なりを知って、漢字を仮名に改めたりなんかするのはもう少し謙虚に考えなければならない大きな問題であるとし、その解決のひとつの方法として「ルビ」をもってそれを補うという考えを示します。

             この後ルビの話となり、新仮名と旧仮名の振り方の違い、数字のルビ、前後が漢字の場合のはみだし、熟字訓やあて字、また外国語の片仮名ルビではルールで画一的に振るのではなく、見た目を重んじてバランスをとってルビを振るなど、読者の目線を意識した詳細な説明は参考になるところが多々あります。

             ★当用漢字が制定されてから

            次章へ移り、当用漢字ができてからの様子が語られます。それまでは、「さす」という言葉を「差す」「刺す」「挿す」「指す」……、「ひげ」を生える位置によって「髭」「髯」「鬚」と表すなど、表意文字である漢字によって書き分けていたところ、戦後は逆に漢字制限によって字をまとめて一字に代表させる傾向に変わります。「陰」と「蔭」、「回」と「廻」、「郭」と「廓」など後者は当用漢字にないため前者に、名詞と動詞で使い分けていた「座」と「坐」も一字によって代用されるようになり、本来「げい」ではなく「うん」と読む香草の一種で「くさぎる」という意味ももつ「芸」という字が「藝」の代わりとして身代わり文字となる。原稿が、昔の正しい字の使い方をしているのか、あるいは当用漢字的に別の字を持ってきて代用させているのか、判断が難しくなってきたと言います。

            また新字体の制定による混乱を、例をもってわかりやすく述べています。時代の変遷に従って使われなくなってゆく字や音訓の限定、読み方の慣用。昔の表記では濁点をつけないので「いちんめしありやなきや」を「一膳飯あり柳屋」とせず「一膳飯ありやなきや」と読む落語の話を例に、文学の校正の難しさを伝えています。さらに、明治時代の小説などで「所天」を「おっと」と読んだり、「二八」を二十八ではなくニハチで十六の意としたり、幕末明治の脚本作家河竹黙阿弥の世話物に出てくる今はあまり使われない「烏金(からすがね)」や「日済金(ひなしがね)」など日歩で貸借する高利の金銭の称についてなど、常識に富むことを校正に欠くことのできない大切な資格と説きます。

            原稿を正しいものとして信頼する

            また自身の経験として、「辞書に頼れ、しかし、それだけに頼り過ぎてもいけない」といい、「校正はあくまで受身の仕事であるということをまず念頭におき、原稿を正しいものとして信頼して、どうしても正さなければならない原稿上の誤りは絶対にとりにがさないように、目と心を配る、というのが、出過ぎでも引っこみ過ぎでもない校正者の態度といえましょう」と結論づけています。

             12章では筆者の過去の仕事としてエピソードを交えて、「広辞苑」第一版制作時の苦労、「広辞苑によれば…」と引き合いに出される国語の辞書が出来たがまだまだ不満足な出来で改定第二版まで十数年かかった話から、「広辞苑」は常識辞典であると述べ、「あらゆる場合を書くことは出来ませんし、平均したことを書いてある。字引というものは、一つのことを規定するもので、しかも端的に短く書く。だからすべてのことをそこへ当てはめては良くない場合がある」とし、校正をする人間は、辞書といえども絶対に正しく間違いがないと思い込んではいけない、納得がいかないことがあれば他の参考書や辞書で確かめるぐらいの入念さが必要だと述べています。旧制中学の教科書を初めて作った時の話、教科書の新聞広告を打った話、戦争による影響であったり、交流のあった作家の人となりがうかがえ、興味深い読み物になっています。

             終わりに筆者の校正のパイオニアとしての数々の功績が綴られます。筆者の入社当時三人だった校正係が、震災後部員五十人、外部校正者が二、三十人となり、字を直すだけだった校正が、岩波書店に入って「漱石全集」を担当し、これを校正する中で次第に細かな校正の型というものが出来てきたと述べ、例として、組の行末に句読点が来て行中におさまらずはみ出すような場合、句点は入れるが読点は取ってしまうという当時の常識を、行末の句読点をブラ下ゲるということを“発明”することで解決。あるいはこれをしないために、八分の込め物を考え出すことで行末の半端を調整する。このように字を直すだけの校正から、活字の倍数という性質を理解した組み体裁の校正まで考え、仮名遣いの整備をし、校正の型と作り出した到達点として、岩波書店の校正室の「校正要綱」へとつながってゆきます。そんな筆者も「初めは何でもなくやった校正が、晩年になればなるほど、恐くなった」といいます。人間のすることで満点ということはなかなか難しい。ところが校正は完全でなければならない。出来上がった結果で判断され、著者のミスや校了後の間違いもすべて校正の罪になる。「恐さを知って初めて一人前になる」とは含蓄のある言葉だと思います。

            「完全」を問われる校正のために――誠実と根気

             校正と編集は互いに密接に関連していなければならないもの、編集の際における原稿整理は生の原稿では活字に組まれた場合ほどには目がとどかず、字句や事柄そのほか原稿全般にわたっての十分な検討はできかねるのが普通で、校正はその点を理解して、それを補足してゆく義務をもつ仕事で、編集の事務には校正の経験が必要であり、あらゆる面で校正という仕事はすべての出版業務に欠くべからざる基礎になるもの、そして校正をする人も編集・制作的な知識を持っていなければいけない。ことに編集と校正は二にして一、まったく不可分のものであると筆者は述べます。

            最後に校正者の素質として「誠実」と「根気」のふたつを挙げています。「誠実な仕事を積みかさねてゆくと、それが身についた実力となって自分の中に貴重な財産として残る」「私のやった仕事の中に『函数表』という本があります。……意味のない数字の行列で、これほどおもしろくない、興味のないものはないんです。しかしそういうものもやらねばなりませんし、校正には根気というものが特に必要なことを痛感するわけです」と述べられていて、誠実と根気をもって経験を積み、校正の仕事を全うしてゆこうと新たに思いました。   (T・N)


            | co-verita | 校正・校閲豆知識 | 21:56 | - | - | - | - |
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