語り継ぐVERITA―校正者の独り言―

台湾でストレッチをやってみた
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    台湾でストレッチをやってみた(2018/9/22)

     

     大坂なおみが全米オープンで優勝して大きな話題になっている中、もう一人海外で話題になった日本人がいます。その名は藤井実彦。台湾の台南市に建てられた慰安婦像に蹴りを入れたとして、現地では謝罪を求めて抗議デモが起きる事態になっています。蹴った時の動画や画像も出回っています。

    https://www.youtube.com/watch?v=e6WdlkrrFU8

    https://www.youtube.com/watch?v=BjGZCBd1-oY

     

     抗議されて当然の行いなんですが、驚いたのは藤井の言い分。足をストレッチしていただけというのです。

    https://japanese.joins.com/article/987/244987.html?servcode=A00&sectcode=A00

     

     人やモニュメントに足を向けてストレッチするなんて初めて知りました。たとえ悪意がないにしてもかなり無礼な行為だと思います。まして藤井は慰安婦像に対して嫌悪感を持っていることを公言しているのだから、

    https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180910/soc1809100003-n1.html

     

    百歩譲ってストレッチをしていたとしても、慰安婦像に対して悪意を持ちながらやっていたと考えるのが自然です。

     と思っていたら、画像が加工されている、なんて主張が出てきました。

    https://twitter.com/hasumi29430098/status/1039076286386200577

     

    もっとも、加工前の元画像は持ってないし、

    https://twitter.com/hasumi29430098/status/1039148306956341248

     

    「画像や動画に加工があったかなかったか、第三者が調べないといけないね」とのこと。

    https://twitter.com/hasumi29430098/status/1040108806389133312

     

     それに、動画を見ると、藤井はカメラを持った人物の前で慰安婦像を指さしてから足を出しています。足をストレッチしていたとしたら、直前の手の動きは意味がないように思えます。動画に映っているとおり、これから標的にするぞと慰安婦像を指さし、蹴りを入れる様子を撮らせていた、と考えるのが自然な気がします。

     とはいえ、これは私の推測です。一応報道では藤井の言い分は載っていますが、藤井本人が直接情報を発信していないかと探していたら、なんと藤井はツイッターのアカウントを削除。さらには所属していた「慰安婦の真実」国民運動からも「客観的に見て不快感を与える不用意・不適切な行動」と指摘され、藤井は同団体の幹事を辞任したそうです。

    http://ianfu-shinjitu.jp/(2018/9/12「台湾の慰安婦像に関わって発生した問題について」)

     

    この段階でも藤井は「画像や動画の検証を個人的に行いたい」と主張していますが、先方が防犯カメラの映像を提出するわけがないし、藤井は検証する側の人間ではありません。

     そして今に至るまで雲隠れしているわけですが、自分のやってることなんてせいぜい日本国内でしか通用しないということが分かっていないのが痛いですね(日本では通用してしまうところは情けない)。もともと公開討論が目的で訪台したのだから、さっさと表に出ろと言いたいですが、お仲間の杉田水脈も雲隠れ中だし、当分は出てこないでしょうね。

    (てーるはっぴー)

    | co-verita | 社会の動き | 19:27 | - | - | - | - |
    最近の失敗談
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      最近の失敗談(2018/9/8)

       

       

       前回、公明党の徳田市議の発言を取り上げたのは、発言内容のひどさに腹が立ったからですが、ネット上での情報の伝わり方に違和感を覚えたからでもあります。徳田の発言を知ったのがこちらのフェイスブック上の投稿であることは前述のとおりですが、

      https://www.facebook.com/100004228623348/posts/1060074190810192/

       

      芦屋市議会の動画中継のリンクは張られていません。そしてこの投稿がネット上に拡散していました。実際の徳田の発言を中継で聴いた感触としては、大意に違いはないが、ネット上でデマが拡散されている事例を見てきた経験から、やはり原典を明らかにし、読み手に提供することが大事だと考え、市議会の中継をリンクしました。

       原典に当たる。正確な文章を書く際には不可欠なプロセスです。しかし、ただ原典に当たるだけでは不十分で、じっくり読み、正確に文意を理解することが必要です。当たり前の事じゃないかと思われるかもしれませんが、先日それができていなかったために失敗してしまいました。

       事の発端はニュースサイト「BUZZAP!」で、早稲田大学の学生が「東京五輪学生ボランティア応援団」(以下、「応援団」)というサイトを作ったという記事を読んだことでした。

      https://buzzap.jp/news/20180820-tokyo-olympic-volunteer-ouendan/

       

      「あなたのオリンピックへの考え方も大きく変わることになるかもしれません」という言葉に押されるように、「応援団」にアクセスしざっと読んでみると、

      https://2020volunteers.netlify.com/

       

      「このやりがい先進国・日本で「美しい五輪」が実現することを大変心待ちにしています」とか、「「絆」さえあれば人間は、艱難辛苦にも耐えられるはず」という文言が。いろいろ問題点が指摘されている東京五輪のボランティア募集でも擁護する声はあるとは思っていましたが、あまりに能天気な論調に軽く眩暈を覚えました。

       しかし数日後、早大生がパロディサイトで東京五輪に痛烈皮肉という記事を発見。

      http://lite-ra.com/2018/08/post-4209.html

       

       あれっと思って、「応援団」を再訪。今度は初めから終わりまで読んでみると、「最後に」の中で「竹槍根性」「今更サマータイムを導入しようと躍起になる政治家」「聞こえのいい言葉に簡単に騙されてしまう国民」と思いっきり皮肉っているじゃないですか。自分自身3カ月前に日大アメフト部の悪質タックル問題を通して世相を皮肉ったばかりなのに、気づかないとは何たる失態。こちらの誤読で能天気などと思って、「応援団」を作成した松本海月氏には誠に申し訳ない気持ちです。すみませんでした。

       今までの論調からして、「BUZZAP!」はオリンピックのボランティア募集に批判的だとは思っていましたが、件の記事には「応援団」が皮肉の意図で作られたとは明記されていなかったため(皮肉であると分かるように、最後まで読むようにと書いてありますが)、「BUZZAP!」が「応援団」を揶揄している記事だと誤読してしまいました。この思い込みをもったまま「応援団」を読んだため、全体に目を通さず真意を理解できませんでした。自分の読解力の無さには本当にがっかりです。

      (てーるはっぴー)

      | co-verita | 社会の動き | 19:23 | - | - | - | - |
      ゆるい話題からの…
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         暑い日が続いています。北半球の夏だから暑いのは当然なんですが、今年の暑さは災害級だそうです。体感的には過去にも同じくらい暑い年はあったと思いますが、いつもより早く暑さが訪れたような気がします。屋内では冷房が欠かせませんが、冷気で気管支をやられたのかここ数日絶えず咳が出て、病院で診てもらおうとしたら折悪しくお盆休み。市販の咳止めを飲んで過ごしていますが、幸い回復に向かっています。

         …と、ゆるい話を書こうかと思っていたら、聞き捨てならないニュースが飛び込んできました。芦屋市議会で公明党の徳田直彦市議会議員が「図書館の自由に関する宣言」(以下「宣言」、こちらで読めますhttp://www.jla.or.jp/Default.aspx?TabId=232)を「軍国主義への反動のあまり、今からすればいかがかと感じられるような内容になっている」などとのたまった、というのです。

        https://www.facebook.com/100004228623348/posts/1060074190810192/

         

         ホンマかいなと思って芦屋市議会のネット中継を確認すると、「宣言」中の図書館界が戦前知る自由を妨げた歴史を反省している部分を引いて、「戦時中の軍国主義ですね、戦時中・戦前の、それから思想・報道の統制ということに対しての反動的な、こんなこと言ったら言い過ぎか分かりませんけれど、そういう風な、今の時代から見たらそういう風な感を覚えるような内容になっておりまして」と笑いながら言っています(中継の42:14から44:01あたり)。

        http://smart.discussvision.net/smart/tenant/ashiya/WebView/rd/result.html?keyword=%E5%BE%B3%E7%94%B0

         

        「いかがかと感じられる」とは言っていませんが、揶揄や軽視のニュアンスは感じられました。敗戦から70年が過ぎ、今どき軍国主義や思想統制もないだろう、と言いたげな。

         しかし、軍国主義や思想統制のもたらした惨禍を考えれば、反省するのは当然の話。まして敗戦から70年過ぎ、戦前の記憶が風化しかけているからこそ過去の歴史を知ることが一層重要なのではないでしょうか。公明党の終戦記念日アピールにも、軍国主義によって植民地支配と侵略を進め多くの人々に損害をもたらした事実から目を背けず、二度と同じことを繰り返さない旨書かれていますが、

        https://www.komei.or.jp/komeinews/p8347/

         

        これも軍国主義に対しての反動的な、と笑うのでしょうか。

         それについ最近も思想的な理由で、司書が恣意的に図書を廃棄したり、教育委員会が学校に対し閲覧制限をかけたりした事例があったことを考えれば、徳田が現在の図書館が置かれている状況をいかに他人事として捉えているかがよく分かります。公明党や創価学会関係の図書だけ廃棄された、というニュースに接したら目の色も変わるのでしょうが。

         現在、高知県立大学図書館の蔵書焼却の件は結構話題になっていますが、徳田の発言はそれほど話題になっていません。個人的には前回取り上げた杉田水脈の発言と同じくらい注目されていい発言だと思っています。最悪でも公明党は徳田に指導くらいはすべきでしょう(現時点で処分を下したという話は聞いていません)、杉田の暴言に対しては一応指導はなされたのですから。      (てーるはっぴー)

         

        | co-verita | 社会の動き | 16:36 | - | - | - | - |
        怒りのツボはどこにある?
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          怒りのツボはどこにある?

           

           森友学園への国有地売却に関する決裁文書に改竄が行われていたことが発覚し、大々的に報道されて、大変驚いています。といっても、公文書の改竄自体に驚いているわけではありません。敗戦後に公文書は白昼公然と焼かれていたし、ついこの間もなかったはずの自衛隊の日報が見つかった、なんて話があったので、「やっぱりな」という思いしかありません。

           私が大変驚いているのは、世論やマスコミが公文書の改竄を不正とみなして怒っているらしい、ということに対してです。てっきり「公文書の改竄?何か問題あるの?」「私たちの生活と何の関係があるの?」と考えているものと思っていましたので。

           無論「怒るな」という気はありません。確かに公文書の改竄など許せば、まともに政策を検証することはできませんし、市民の知る権利も阻害されます。民主主義の土台を崩す行為だと怒るのは当然です。

           でも、民主主義を守るという問題意識があるのなら、いろんな局面で怒る機会があったはずです。例えば自衛隊の日報が隠蔽されていたことが発覚したとき、今のような怒りはあったでしょうか。怒っていたなら、日報の存在を把握してから1年間も防衛大臣に報告しなかった、なんてことがどうして起きるのでしょう。

          https://www.huffingtonpost.jp/2018/04/04/iraq-onodera_a_23403285/

          情報を隠蔽したりウソをついたりすることに対しては怒らないのに、公文書の改竄に対しては怒るというのは納得できません。

           そもそも、森友学園の一件からして大した騒ぎにはならないだろうと思っていました。人の噂と同じで七十五日も経てば既成事実として受け入れられ、みんな新しいニュースに飛びつくのだろう、と。

           それが今も話題になり続けているのはなぜでしょう。改竄のほかに、いろんな要因があると思いますが、塚本幼稚園の映像が流れたことが大きいのではないでしょうか。園児が教育勅語を暗唱したり、運動会の選手宣誓で「安保法制国会通過よかったです」と言っていたやつです。テレビで何度か見ましたが、異様な光景として扱われていたと記憶しています。世論の大勢がどう思っているかは分かりませんが、私の知る限りでは好意的な意見は見聞きしたことがありません。

           しかし、教育勅語を教育に活用しようという声には大して批判がないのに、なぜ子供が教育勅語を暗唱したらニュースになるのでしょうか。安保法案は多数の支持を得て成立したはずなのに子供が喜ぶのは不思議でしょうか。子供には分かるわけがない? では、私も含めて大人は分かっていると言い切れるでしょうか。

           公文書の改竄にしても塚本幼稚園の映像にしても、批判すること自体は私も賛成です。でも、大多数の批判の根底にあるのは心の中の「こんなことがあるわけない」という根拠のない思い込みを壊されたことへの驚き、怒りだと思います。だからこそ公文書の改竄は「前代未聞」で、塚本幼稚園の映像は何度も取り上げられたのでしょう。                    (てーるはっぴー)

           

          【管理人より】

          てーはっぴー氏の見解、特に文末のあたりの、ちょっとねじくれた感のあるマスメディア・世論批判のくだりには反論も多いでしょう。

          もっと素直に、メディアの人々が奮闘していることに拍手を送ってもいいのではないかと思います。

          現役自衛隊少佐の野党議員に対する「国民の敵」発言といい、「いつか来た道」は決して遠くありません。それを阻止するためにメディアの人々にはもっともっと頑張ってほしいと率直に思います。なによりまず、自分たちも襟を正すべきかもしれませんが。

          とまれ、「語り継ぐVERITA」であるために、てーるはっぴー氏の見解も掲載します。

           

          | co-verita | 社会の動き | 02:34 | - | - | - | - |
          答弁にもご注目(あとがきのようなもの)
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            答弁にもご注目(あとがきのようなもの)

             

             前回投稿した「答弁にもご注目」、いかがでしたでしょうか。いつものように回りくどい文章ですが、今回はいつも以上に文章の整合性について苦労しました。

             執筆当初、裁量労働制とはいくら働いても労使間で取り決めた「みなし労働時間」分しか給料が支払われず、残業代がつかない制度という認識でしたが、調べてみると、裁量労働制の下でも残業代を請求できるという事例を知り、一瞬動揺しました。みなし労働時間分しか給料が払われないということと残業代がつく、というのは両立できるのか、と。

            https://hataraquest.com/discretionary-labor-system#33

            その後、落ち着いて読み直してみると、

             

            ・深夜や法定休日での労働

            ・みなし労働時間が1日の法定労働時間(8時間)を超えた分

             

            については残業代を請求できることがわかりました。みなし労働時間が1日の法定労働時間を超えた分、というのは例えばみなし労働時間を9時間と設定した場合、9時間以上働いても残業代は1時間分しか請求できない、ということです。

             こういった紆余曲折を経て、結局裁量労働制については「どれだけ長く働いたとしても原則決められた時間分しか給料は出ません」という表現に落ち着きました。裁量労働制の運用実態を見ると「定額働かせ放題」と言い切ってもよさそうな気もしましたが、「原則」とつけることで前述のような残業代を請求できるケース、その他例外的な事例にも対処できるようにしました。

            私の文章をどれだけの人が読んでいるかはわかりませんが、いつも誰かから問われることを想定して書いているつもりです。共謀罪のときもそうですが、問われて答えられないようなものは文章にはしません。結果、腰の引けた文章になったとしても人目を気にせず暴言を垂れ流すよりははるかにましです。

             こうして「答弁にもご注目」を書きあげたわけですが、

             

            ・「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」という「答弁」の論理は、根拠となるデータが正しくても容認してはいけない

            ・「答弁」の論理が受け入れられているとは思いたくないが、似たような話で「戦前の植民地支配はいいこともあった」という言説は受け入れられている(気のせいであってほしい)

             

            ということさえわかっていただければ十分です。そして、ずさんなデータをもってしても裁量労働制の方が絶対負担が減る、もしくは負担が減る可能性が高い、とは政府でさえ言えなかったこともわかっていただければなおありがたいです。

             ちなみに、データに関して言えば、先日加藤厚生労働大臣が撤回したというニュースが入ってきました。とはいっても「答弁」の論理は否定されていないので、新しいデータによって「答弁」が復活しないよう今後も注意が必要です。                               (てーるはっぴー)

            | co-verita | 社会の動き | 10:45 | - | - | - | - |
            答弁にもご注目
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              答弁にもご注目

               

              最近は公文書の改竄が話題になっていますが、少し前にニュースで連日話題になっていたのが、「裁量労働制」。事典によると、裁量労働制とは「実際の労働時間がどれだけなのかに関係なく、労働者と使用者の間の協定で定めた時間だけ働いたと見なし、労働賃金を支払う仕組み」(ASCII.jpデジタル用語辞典、コトバンクより引用)とあります。建前上は業務の進め方や労働時間の管理などが労働者側の裁量にゆだねられることになっていますが、実際にはいくら働いてもあらかじめ決められた労働時間分しか給料が支払われず、一定額で働かせ放題になる等の批判があります。

              既に一部の業種には適用されていましたが、政府は働き方改革の一環と称して裁量労働制を適用する対象範囲の拡大を目指していました。しかし、政府が答弁の根拠として用いていた厚生労働省の調査データについての問題が指摘され、結局裁量労働制の対象範囲拡大は見送られることになりました。

              データが不適切であれば批判するのは当然です。しかし、不適切なデータがどう用いられたかはあまり注目されていないような気がします。

              1月29日の衆議院予算委員会で、安倍首相は前述のデータを用いて次のような答弁をしています。

               

              裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある(以下、「答弁」とします。)

               

               いろいろな思惑を感じますが、推測は避けます。字面通りに読めば、裁量労働制で働く方が一般労働者の労働時間よりも短いデータもあるということは、裁量労働制で働く方が一般労働者の労働時間よりも長いデータもある、ということです。しかもどれだけ長く働いても原則決められた時間分しか給料は出ません。そして労働者がそのようなリスクを負う可能性がいかほどかについて明らかにされていない。データが正しくても受け入れてはいけない論理で、もっと厳しく批判されるべきです。

               もっともデータ不正発覚後に「答弁」は撤回されたので、大して心配することではないと思われるかもしれません。しかし、撤回したとはいえ裁量労働制の方が一般労働者よりも労働時間が短い場合もある、と労働時間が長い場合があるのをうやむやにして語ったのは事実です。そして「精査中の情報に基づいていたので答弁を撤回したが、データを撤回したわけではない」ので、

              http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2018022002000266.html

              「精査」の終わったデータだったら、「答弁」はいつでも復活可能です。

               皆さんは「答弁」を読んでどう思われたでしょうか。裁量労働制の方が一般労働者の労働時間より短い場合もある、と言われてごまかされているわけではないと思いたいです。でも、「答弁」と似たような話で、戦前の植民地支配はいいこともあったという言説が結構はばを利かせているような気がしているのですが、気のせいでしょうか。                             (てーるはっぴー)

              | co-verita | 社会の動き | 07:39 | - | - | - | - |
               ウィキペディアの「エンゲル係数」書き換え騒動についての私見
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                 ウィキペディアの「エンゲル係数」書き換え騒動についての私見

                 

                 前回、「図書館の蔵書数が増えても人の知性に磨きがかかるというわけではないようです」と書きましたが、それは最近起きたいくつかの出来事を念頭に置いてます。

                 一例を挙げます。1月31日の参議院予算委員会。エンゲル係数が上がって国民の生活は苦しくなっている、と追及する民進党の小川議員に対して、安倍首相は「物価変動のほか、食生活や生活スタイルの変化が含まれている」と応じました。するとその直後、ウィキペディア中の項目「エンゲル係数」が安倍の主張に沿うかのように書き換えられた、という話がありました。

                https://mainichi.jp/articles/20180223/k00/00m/040/076000c

                 こちらが書き換えられる直前、

                https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%AB%E4%BF%82%E6%95%B0&oldid=65817812

                そして、こちらが書き換えられた直後です。

                https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%AB%E4%BF%82%E6%95%B0&oldid=67193432

                 

                 安倍への援護射撃ではないのかと見る向きもありますが、実際に自分の目で見ると想像以上に稚拙でした。なぜ自分の主張の根拠に事典や参考図書、経済学の専門書を用いずに小説を使うのか。そして信頼性が常に疑われているウィキペディアに寄稿したのか。「私の書いていることは信用しないでください」と言っているようなものです。

                 そもそも書き換えられる前の記事でも(こちらも書き換えられたものと同様「検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分」などと指摘されているシロモノですが)、エンゲル係数が絶対的に正しいとは書いていないのです。それだけに小説を根拠にしてエンゲル係数が信頼できないかを力説するさまは一層滑稽に思えました。

                 もっとも私は、ウィキペディアに書いてあることが全部でたらめだ、などと断言する気はありません。どんな事典や参考図書にも間違いはあるだろうし、記述に古さを感じることもよくあります。逆にウィキペディアには、他の事典とは違って情報を随時改訂できるという利点があります。適切に用いれば、精度の高い記述も不可能ではないでしょう。実際最近の「エンゲル係数」の記述は、専門家のレポートを論拠にして最近の社会情勢を反映したものになっています。

                https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%AB%E4%BF%82%E6%95%B0&oldid=67574166

                 

                 それでも今回のエンゲル係数を巡る騒動と反応を見ていると、ウィキペディアに精度を求めていない人が多いということがよく分かります。そのことは予想通りで驚くことではありませんが、コトバンクやWeblioがあまり話題になっていないのは残念な話です。ウィキペディア同様に無料で使えて、プロの編纂した事典が使えるのにどうしたものでしょうか。無料で使える事典(もしくは事典のようなもの)としてウィキペディアが認知され、一方で無料で使えるほかの事典はほこりをかぶったままというのは何とももったいない。                    (てーるはっぴー)

                | co-verita | 社会の動き | 05:35 | - | - | - | - |
                発見された本質
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                  発見された本質

                   

                  「語り継ぐVERITA」に投稿し始めてもうすぐ1年になりますが、ここまで続けてきて「自分の言葉」で書く、という当たり前のことの難しさを痛感しています。頭の中ではいろいろな思いが渦巻いているのですが、いざ文章化しようとするとうまく形にできません。書きながら読み返して手を加え、どうにか体裁は整うのですが、思っていることの半分も伝えられていないのが実情です。

                   そんな中、先日、小説家のカズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞したことが大きな話題になりました。一連の報道に違和感を覚えていると、次のツイートを発見。

                   

                  嫌いな人間は「生粋の日本人」でも在日や反日のレッテルを貼って排除しようとする一方で、世界的権威の賞の受賞者は外国人でも日本人扱い。自民党支持者に見受けられるご都合主義者の矛盾。

                  https://twitter.com/Tezu_ehon_bucho/status/918608100365443072

                   

                   「ご都合主義」! 違和感が一遍に氷解しました。同時に蓮舫の二重国籍問題もまた「ご都合主義」の表れだと分かりました。

                   以前私は「忠誠を示す決意?」の中で、蓮舫が首相になるためには日本国への忠誠や愛国心について決意を示せという八幡和郎の主張を、忠誠を強要するのは論外と批判しました。今でも間違ったことは書いていないと思いますが、一方で八幡の主張の根底にあるものを突けていないという思いもありました。

                   でも、やっと本質が見えてきました。ただ自分が「日本人」というだけで、気に食わない相手を非国民扱いしたり、功績をあげた日本人(イシグロのように日本国籍がなくても日本とゆかりのある人も含む)にすり寄って自分まで偉くなったような気になる、そういう風潮こそ私が一番批判したかったことだったのだ、と。

                   それにしても、前述のツイートのように、短い言葉でズバッと本質をつけるのはうらやましい。私の場合、間違えないようにという思いが先に立って、疑問文や回りくどい表現を多用しがちです。他人の意見をそのまま模写すればもっとスマートな文章になるのでしょうが、それは「自分の言葉」とはいえません。また、間違いを気にせず、いいかげんな文章を垂れ流すなどということは責任ある大人としてやってはいけないし、たとえ変名でもそんな代物を後に残したくはありません。回りくどい文章になるのは自信を持てない今の自分の表れと受け止め、自分なりに模索していくつもりです。

                  (てーるはっぴー)

                  | co-verita | 社会の動き | 19:13 | - | - | - | - |
                  国連特別報告者への政府回答を批判する
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                    国連特別報告者への政府回答を批判する

                     

                     以前「共謀罪について思うこと(その5)」で、国連特別報告者のカナタチ氏の勧告に対して官房長官がまともに反論していないと書きましたが、その後動きがありました。8月21日、政府はカナタチ氏に対する回答を提出し、外務省のホームページに公開しました。

                    http://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/is_sc/page24_000896.html

                     

                     回答はPDFファイルで13ページあります。予想に反して、当初は力強かったです。特に森林法第198条や著作権法第119条のように組織犯罪及びテロリズムとは無関係ではないのかという指摘に対して、指摘された法律の条項を列挙して、組織的な犯罪集団の資金源になりうると反論しているあたり(P3からP5)、内容はともかく意外と真面目に回答しているな、と一瞬驚きました。

                     が、読み進めていくにつれ、政府の投げやりな態度が明らかになってきます。例えば政府が監視を強化するならば適切なセーフガードと救済措置を担保すべきではないのか、という指摘(P5からP6)に対して、次のように反論しています。

                     

                    “今回の「テロ等準備罪」の新設は、刑事実体法規定の整備であって、刑事手続法上の捜査の在り方について変更を加える改正を行うものではない。同罪の捜査は、これまでの他の犯罪の捜査と同様に行われるものであるから、同罪の新設により国民に対する監視が行われるようになるとの批判は全く当たらない。このように、法律上も運用上も、国民に対する監視が強化されることはあり得ず、御指摘の「セーフガード」や「救済措置」を新たに設ける必要はない”

                     

                    「全く当たらない」とか「あり得ず」なんて言葉を大した根拠も示さず使っている時点で信用に値しません。令状なくGPSを用いた捜査が最高裁で違法とされたことはどう説明するのでしょうか。

                    http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/600/086600_hanrei.pdf

                    https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG15H3Y_V10C17A3000000/

                     

                     また、その後に、

                     

                    “捜査機関においては、令状請求に当たり、その要否を慎重に検討した上、当該令状を必要とする理由を疎明する資料を提出しており、その上で裁判官において、厳格な司法審査を行っている”

                     

                     と書いていますが(P8)、なぜ「慎重」で「厳格」と言えるのか、やはり根拠は示されていません。数カ月前に徳島で誤認逮捕がありましたが、

                    http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20170911000036

                    これも慎重な検討や厳格な審査が行われた結果なのでしょうか。もしそうなら、なぜ徳島県警は19日間も勾留したのでしょうか。証拠が乏しく自白を迫ったからでしょう。長期間の勾留や自白の強要も長らく問題視されていますが、政府の回答には言及さえありません。

                     百歩譲って、日本の法制度には何の問題がないとしても、法を運用している人間の方には明らかに問題があります。何しろ法務大臣が治安維持法を問題視しない趣旨の発言をしても大して話題にならないのですから。こちらも政府は何も言及していませんが、故意に無視したのか、気づいていないのか。いずれにしても救いようのない話です。                   (てーるはっぴー)

                    | co-verita | 社会の動き | 00:15 | - | - | - | - |
                    日本から遠く離れて
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                      日本から遠く離れて

                       

                       「語り継ぐVERITA」に初めて寄稿したのが昨年の11月。今年の4月から「共謀罪について思うこと」を連載して以降、もっぱら政治的な話題を続けてきましたが、ちょっと一本調子になっているように思えてきたので、今回は少し趣向を変えます。

                       先日、世界各地に存在する珍しい国や地域を紹介した本、「国マニア」(吉田一郎著、ちくま文庫、2010年7月発行)を読んでいると、アフリカ大陸北西部に位置し、隣国のモロッコに占領されている西サハラの独立を求める亡命政府、サハラ・アラブ民主共和国の話が載っていました。亡命政府といっても正式な国家として承認する国も多く、アフリカ各国によって構成される地域機関、アフリカ連合(AU)にも加盟しています。

                       本ではスペインの植民地時代からモロッコの占領、それに反対するポリサリオ戦線による独立闘争を経て国連の仲介によって停戦するまでの西サハラの歴史、そして独立の可否を問う住民投票を行うことになったが実施のめどがたたず、その間モロッコが実効支配を強めている、という現状が書かれていました。

                      以前百科事典等で「西サハラ」の項目を読んだときも似たようなことが書かれていたので、最初は西サハラにそれほど大きな動きは起きていないようだと思ったのですが、ウィキペディアだったら最新情勢が載っているかもと考え、「西サハラ問題」の項目を読むと、モロッコが今年AUに加盟した、とありました。

                      https://ja.wikipedia.org/wiki/西サハラ問題

                      http://www.sankei.com/world/news/170131/wor1701310017-n1.html

                       

                       西サハラがAUに加盟しているのは前述のとおりですが、西サハラの独立を認めないモロッコは1985年にAUの前身であるアフリカ統一機構(OAU)を脱退、AUにも長らく加盟していませんでした。まさかモロッコがAUに加盟していたとは。イギリスのEU離脱は大きな話題になっていたのに、モロッコのAU加盟はほとんど話題になっていません。歴史的な事態だと思うのですが、どうでしょうか。

                       最近、国内のニュースに関心が集中して海外への視点がなかった、いや、海外への視点がなかったわけではないけど、似たような視点、似たような地域のニュースばかり見ていて世界各地を有機的に結び付ける視点がなかった、と考えていると、ある思いが浮かんできました。詳しくは次回書こうと思います。

                      (てーるはっぴー)

                      | co-verita | 社会の動き | 09:19 | - | - | - | - |
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