語り継ぐVERITA―校正者の独り言―

好きな日本車ベスト10(スポーツ&スペシャルティカー編)
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    好きな日本車ベスト10(スポーツ&スペシャルティカー編)

     

     今回は自動車だが、大前提として筆者は運転免許を持っていない(笑)。しかし小さい頃から車も好きで、許可を得て保育園を休み父親に連れられて東京モーターショーを見に行ったくらいなのだ。運転をしないので、選ぶ観点は見た目とざっと知った範囲のスペック。近年の必要以上にぐにゃぐにゃしたデザインは好きではない。知人のデザイナー曰く「CADでどんな形でも作れるようになってからかっこ悪くなった」(大意)。鉄道などに比べジャンル自体への思い入れは薄いせいか、かえって数を絞りきれなかったので3回に分けてお届けする。

     

    ■トヨタ2000GT

     各種人気投票などでいまだにベスト1に挙げる人が多いのも納得。スペック的にも日本初のスーパーカーと呼ぶにふさわしい。キャビンの位置がかなり後方でアンバランスにも見えるが、写真映りがいいのはこのデザインだからこそか。車名を持たず排気量と略号だけなのも孤高の存在に思える。「007は二度死ぬ」に登場。

     

    ■マツダコスモ(初代コスモスポーツ、2代目AP

     初代は世界初の量産ロータリーエンジン搭載。「帰ってきたウルトラマン」に「MATビハイクル」として出演。毎週のように見ていたので思い入れがある。2000GTとコスモスポーツは圧倒的に白のイメージが強い。2代目APは、初代製造中止から3年を置いて登場。コンセプトは変わったが「復活した!」感があった。CMに登場したのはきれいな赤いモデル。曲はしばたはつみ「マイ・ラグジュアリー・ナイト」。

     

    ■三菱セレステ

     車格はレビンやトレノに近いが、何とはなしに好きだった。均整の取れたスタイルで、CMに登場した銅色のモデルが印象的。

     

    ■トヨタセリカ(初代)

     本ブログ「青緑」もご参照。スペシャルティカーというジャンルを確立。登場時は2ドアクーペのみで「スポーツカーともセダンの派生車とも違う、スポーティーな新型車」と認識。後にリフトバックが登場、この語も初めて耳にした。

     

    ■三菱ギャランΛ(初代)

     やはり2ドアクーペのみのスペシャルティカー。日本初の角形4灯、折れ曲がったリアウインドウ、上級モデルの銀色のCピラーが強い印象を残した。

     

    ■いすゞ117クーペ&ピアッツァ(初代)

     セリカ以前にもスペシャルティカーは存在し、117クーぺはその一つだろう。後継車がピアッツァ。どちらもジウジアーロが手がけ、曲線(面)を生かした優雅なヨーロッパらしいデザイン。

     

    ■マツダサバンナ(2代目RX-7

     コスモ同様「名前は同じでも別の車に見えるが、しかし精神は受け継いでいる」と感じた。リトラクタブルヘッドライトの採用もあり、スポーツカーらしい車だと思った。CMに登場したのは他にあまり見ないメタリックな黄緑色(マッハグリーン)のモデルで、強烈なイメージを残した。

     

    ■スバルアルシオーネ(2代目SVX

     初めて写真を見たとき「この窓どうなってるの!?」と驚いた。ミッドフレームウインドー+3次曲面ガラス+ヒドゥンピラーにより実現したグラスキャノピー。流麗なデザインは、これもジウジアーロの手になる。

     

    ■ホンダNSX(初代、2代目)

     動力性能やアルミモノコックボディ等の技術面で(価格もだが)、時代を考慮に入れれば市販車では日本車史上最強。

     

    ■日産スカイライン(8代目)&GT-R(6代目)

     スカイラインはいい車だがヤンキーなイメージが付いて魅力を損ねていた。その中で8代目は、肥大化していたボディをスリムに戻して注目した。途絶えていたGT-Rがこの代から復活、その後分離独立し、GT-Rとしては6代目に当たるのが現行モデル。「相棒」で及川光博演じる神戸尊警部補の愛車が黒の2009年式。荒い運転がかえって機動性を際立たせていた。(command Z)

    | co-verita | 雑ネタ | 16:15 | - | - | - | - |
    好きな昆虫ベスト5
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      好きな昆虫ベスト5

       

       5月13日、家の前の植木にアオスジアゲハがいたので(写真)好きな昆虫ベスト5を挙げてみよう。

      10種だと、ひねり出さないとちょっと思いつかない。

       子どもの頃から読書は好きだが、特に小学生時代は物語より科学ものや図鑑が好きだった。昆虫も実物を見るより先に図鑑で覚えたものが多い。

       

      ■ナミハンミョウ(オサムシ科)

       甲虫には色が鮮やかで金属光沢を持つ種も多いが、特にハンミョウの色と模様はかっこいいと思う。筆者は「歩くRGB」と呼んでいる。図鑑で初めて写真を見たときから気に入った。体形もカナブンやタマムシと違い「くびれ」があってスマートだ。しかも日本固有種である。昆虫館などではない自然の環境で(以下同)2〜3回見たことがある。

       前回「青みがかった銀」に書いた、仮面ライダーアマゾンに登場するハンミョウ獣人は、背中に模様はあるものの、体全体は青っぽい銀色でいささか地味。実在の生物を基にした怪獣や怪人はデフォルメされていることが多く、実物の方が派手なケースは珍しいと思う(笑)

       

      ■クロスジギンヤンマ(ヤンマ科)

       図鑑や、購読していた学研「○年の科学」にオニヤンマなどと一緒に掲載されていた。オニヤンマの方が大きいが(トンボでは日本最大)ギンヤンマは飛ぶのが世界一速い昆虫と書かれており好きになった、改めて調べたら「最も優れた飛行能力を持つ生物の一つ/平均時速60km、種によっては最大時速100km」だそうだ。速く飛ぶので複眼も大きく、体(腹部)は銀色だし、高性能メカ的な魅力を感じたのだろう。

       その後、近縁種にクロスジギンヤンマがいると知り、主には名前がかっこいい(いわゆる「発語の快感」)と思った。ただし飛行能力は普通のギンヤンマに劣るそうだ。

       ギンヤンマの仲間は5回くらい見たと思うが、じっくりと観察できず、どの種かまでを判別できたことはない。

       

      ■アオスジアゲハ(アゲハチョウ科)

      「青緑(エメラルドグリーン)」の回にも書いたが、図鑑を見てきれいだなと思った。近縁種で色調も似たミカドアゲハもきれいだが、アオスジアゲハの方が個性的で洗練されたデザインだと思う。初めて実物を見たときはちょっとした感動があった。

       筆者は江戸川区在住だが、アゲハチョウの仲間は近所でときどき見られる。アオスジアゲハも10回くらいは見たことがあると思う。

       また以前の仕事で、アオスジアゲハが登場する児童書を編集した。著者とはチョウの話で盛り上がった。

       

      ■ルリボシカミキリ(カミキリムシ科)

       これもきれいな甲虫で、日本固有種。Wikipediaによると日本を代表する甲虫に挙げる愛好家も多いとのこと。考えてみたら色の取り合わせがアオスジアゲハの逆であるな。触角や脚まできっちり同じ配色であるのが好ましい。いま調べたらなんと腹側も青いのか。1〜2回見たと思う。しりとりで貴重な「る」対策要員でもある(笑)

       

      ■ケラ(ケラ科)

       今回の5種では見た回数が最も多い。小学生の頃は近所にぽつぽつと空き地があり、上級生だか同級生が「オケラがいる」と教えてくれて、よく捕りに行ったのだ。古い家を壊した跡地は土が軟らかく、シャベルを使わなくても素手かせいぜい軍手をはめれば結構掘れた。一番浅い所にダンゴムシ・ミミズ・ナメクジ、次にハサミムシ、一番深い所(40〜50cm?)にケラがいた。

       持ち帰って飼育ケースで飼ったこともある。餌は何をやったか覚えていないが、いま調べたらミミズなどを食べるとあるので、一緒に捕れたミミズだったかもしれない。

       前脚の形状が土を掘るのに適してモグラと似ているという、収斂進化・相似器官の話も面白い。見た目は地味だが、さしずめスポーツカーに対する重機の魅力といったところか。(command Z)

      | co-verita | 雑ネタ | 12:55 | - | - | - | - |
      色への思い入れ その4:青みがかった銀
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        色への思い入れ その4:青みがかった銀

         

         ぴったりした色名を知らないが、青みがかった銀というか、メタリックで彩度の低い青というか、そんな色にまつわる話をいくつか。

         

         小学生時代はプラモデルを作った。高学年になるとそれなりに技術や持続力(製作に日数がかかるので)が必要なミリタリー物に手を出した。ミリタリー好きというより箱庭的な楽しさから、よくジオラマを作った。商品ラインナップが充実していたのは、タミヤ1/72スケールのドイツ陸軍だ。

         実在する軍隊の兵器や軍服には規定の色があり、模型メーカーも専用の塗料をそろえている。例えばドイツの軍服はフィールドグレーだ。そして、よく使う色はその色自体が売られているが、少量しか使わない色は「これとこの色を混ぜよ」と組立説明書に書かれていた。ドイツ軍のヘルメットはフィールドグレーに少量のブルーとシルバーを混ぜた。

         こうして水彩絵具より高度な混色、特に銀を混ぜて金属光沢のある色を作る技を知った(さらに言えば、色には大きく分けて普通の色・透明な色・金属光沢のある色があると認識した。金属光沢のある黄色が金だ。透明な色についてはプラモデル以前に、ダイヤブロックやレゴでなじみがあった)。

         一方、特撮が好きだった筆者は、ブルマァクのソフビを集めていた。フルサイズのものは高かったが、後発の安価なミニ怪獣シリーズは結構な数を持っていた。ただし、形はそれなりによくできていたが、色が「実物」とは違うことがほとんどだった(コスト面からであろう)。

         そこで自分で塗装し直すことを始めた。最初に塗ったのがマグマ大使に登場した水爆怪獣グラニアである。劇中ではグレーっぽいような銀っぽいような色をしていたが、プラモの技を応用し、銀に少量の青と緑を混ぜて塗ってみたところなかなかの見栄えになった。「最初に」と書いたが他の怪獣のはっきりした記憶はなく、塗ったのはグラニアだけだったかもしれない。

         

         誕生日かクリスマスに買ってもらったタカラ少年サイボーグは、内部のメカがメタリックブルーを選んだ。カタログの表記は「ブルー」だったと記憶しているが、Wikipediaを見るとまさに「バリエーションは内部メカが銀・金・青みがかった銀の3種」と書かれている。

         

         中学に入ると新しい自転車を買ってもらうことになり、初めてスポーツ車を選んだ。メーカーは確かミヤタで、カタログを見ると青みがかった銀色のモデルがあった。当時の主流は黒だったが、そのモデルに決めた。実車はカタログ以上にいい色で、よく乗り歩いた。

         

         1996年、所属していた吹奏楽団でSFをテーマにコンセプチュアルステージを企画した。筆者はもう1人のメンバーと印刷物制作を担当。絵柄は名作SF映画に登場するキャラクターや宇宙船などのコラージュに決まった。アマチュア楽団ゆえ毎回1色刷りで、特色をDICの色見本から選ぶのだが、今回はSFぽさを出すためにメタリックな色のインキを調合してもらうことにした。筆者が仕事がら印刷所をよく知っていたこともあった。最も印刷部数が多く人目につくチラシを銀+青、チケットを銀+赤、パンフを銀+黒とした。印刷当日には現場に出向き、その場で色味を試しながらイメージ通りの色を作ってもらった。

         

         特撮では仮面ライダーXのマスクや、ハンミョウ獣人がこの色だ。ジャイアントロボ、ロボット刑事K、ガイガンなども近い。楽器ではアイバニーズギターのジョー・サトリアーニモデルにこの色がある。自動車ではマツダ3代目デミオのボディカラーであるクリアウォーターブルーメタリックやアイシーブルーメタリック。鉄道車両ではこの3月に登場したJR東日本E261系(サフィール踊り子)の車体色がやや近いかな。(command Z)

        | co-verita | 雑ネタ | 12:43 | - | - | - | - |
        ローカル私鉄廃線10
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          ローカル私鉄廃線10

           

           鉄道が「趣味」になったのは、中学からの電車通学と、同じころ父親が買ってくれた『山渓カラーガイド 日本の私鉄 1 ローカル編』(写真:広田尚敬、文:吉川文夫、1976年)がきっかけだ。名前も知らなかった路線や車両に魅せられ、鉄道に「箱庭の中の小宇宙」的な魅力を見いだすようになった。

           学生時代はよく旅行に行った。自分が訪れてその後廃止されてしまった私鉄路線を訪問順に挙げる(ちょうど10あった)。写真はしまい込んでしまったので、機会を改めて公開したい。

           

          ■尾小屋鉄道(石川県)

          「廃止されるからその前に」と乗りに行った初めての路線。営業最終日に中学の終業式からタクシーで東京駅→新幹線→米原からL特急しらさぎで小松へという強行軍だった。尾小屋鉄道の列車は大混雑、大雪のため途中の倉谷口で運転が打ち切られ、終点の尾小屋まで行けなかった。ナローゲージ(762mm軌間)の鉄道に乗るのも初めて、かつ当線は日本最後の非電化ナローであった。

           

          ■北陸鉄道能美線(石川県)

           尾小屋鉄道の翌日に乗車。まだ廃止予定はなかったが、すでに10〜15時は運行休止・バス代行という状況だった。鶴来(つるぎ)灯台笹(とだしの)上開発(かみかいほつ)など難読駅名が多かった。

           

          ■福井鉄道南越線(福井県)

           廃止直前に乗りに行った。すでに元の全線の半分近くが廃止され、最後まで残った2両の130形電車は、正面非貫通2枚窓の素朴な印象。北陸の駅名には「電鉄○○」「社○○」「○○新」など、東京周辺にはない付け方が見られる。

           

          ■東武鉄道熊谷線(埼玉県)

           大東武にも非電化路線があった(歴史的経緯による)。キハ2000形が単行または2連で走っていた。大幡駅前で飲み物を買った商店のおばあさんと孫娘はどうしたかなあ。

           

          ■鹿児島交通枕崎線(鹿児島県)

           南薩(なんさつ)線とも呼ばれた。廃止1年前、大学入学前の春に乗りに行った。入学祝いにもらったニコンFEをこの旅行から使用。前頭部が半円形の気動車キハ100形が主力車両。濃いオレンジ色に紺色の帯が南国のイメージに合っていた。

           

          ■下津井電鉄(岡山県)

           上記枕崎線の帰りに寄った。全線廃止は少し後だが、すでに元の全線の半分以上が廃止され、他の鉄道と接続していなかった。ナローゲージ。

           

          ■別府(べふ)鉄道 野口線・土山線(兵庫県)

           2線合計8.5kmの小私鉄。土山線はディーゼル機関車が木造の2軸客車を引く、模型のような路線であった。

           

          ■南部縦貫鉄道(青森県)

           冒頭の『日本の私鉄』で最もインパクトがあったのが当線の写真。レールバスに、枕木の廃材で造ったホーム、日本にこんなところがあるんだと思った。廃止が発表され、これは行かねばと出かけた。4月には珍しく雪が降り、いい写真が撮れた。夜、地元の飲み屋に行ったら「奥の座敷で副町長と南部縦貫の社長たちが来て鉄道保存の話し合いをしてるから、ファンの立場で意見を述べてほしい」と言われ、恐縮しながら交ぜてもらった。

           

          ■十和田観光電鉄(青森県)

           南部縦貫の帰路に乗車。当時は廃止予定もなく強い印象は残っていないが、名車3400形がいた。

           

          ■鹿島鉄道(茨城県)

           関東鉄道(鉾田線)から分社。近いのでいつでも行けると思い訪問していなかったが、久々に「廃止されるからその前に」乗りに行った。

           

          ■番外編:東京急行電鉄玉川線(東京都)

           小さいころ世田谷の親戚の家に行くのに何度か乗った。本稿執筆にあたり母親に確かめたら「渋谷から上馬まで乗ったのでは」とのこと。独特の形状をした200形電車は記憶にある。

           どの線も廃止になるくらいなので目立った観光地などは少なく、多くはのどかな田園地帯を走っていた印象だ。次の機会には、印象に残る現役の路線を紹介したい。(command Z)

           

          | co-verita | 雑ネタ | 21:04 | - | - | - | - |
          色への思い入れ その3:紫色
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            色への思い入れ その3:紫色

             

             紫色は染料が高価なため、洋の東西を問わず高貴な色とされたようだ。神秘的なイメージも強いだろう。暖色の赤と寒色の青の中間にあることや、純色の中では明度が低い(暗い)ことが主な理由ではないか。

             

             子ども時代の思い出としては、

            ・「ふじいろ」が好きだったが、小さい頃はフジの花を知らず、どうして富士山がこの色?と思っていた。

            ・銭湯から上がったとき、たまに瓶入りの森永牛乳などを飲んでいたが、あるとき深い紫色の「グレープジュース」が登場。

            ・誕生日に36色の色鉛筆をもらったら「むらさき」の他に「すみれいろ」があって驚いた。

            ・「人造人間キカイダー」に登場した敵方の女性アンドロイド、バイオレットサザエは、人間の姿に変身でき、主人公との淡い恋愛感情を示唆する描写があった。

            ・日産「バイオレット」

            ・…などから「パープル」より「バイオレット」を先に知った。ロックバンドDeep Purpleを知るのは中学に入ってから。

            ・図工の授業で、色セロハンを使ってステンドグラス風の切り絵を作ったときに、虫や花など自然の風景を描いたが、土の茶色を表現するにはどうすればいいか考えた。絵具なら赤黄橙などに黒を混ぜればいいが、黒や灰色のセロハンはない。いくつか試して、紫+黄または紫+橙の2枚を重ねるとそれらしく作れることを発見。

             

             その後も紫は徐々に好きになっていったのだろう、高1の美術の授業の自由課題ではこんな絵を描いた(写真1。キャンバスボードにアクリル絵具)。中央にあるのはもろに「2001年宇宙の旅」のモノリスだが(笑)色は半透明な紫だ。

             78年にKISSのメンバー4人がソロアルバムを同時に発表した際、メイクやステージ衣装の黒白銀のイメージとは違った個性を打ち出そうと考えたのか、ジャケットにそれぞれイメージカラーがあしらわれ、筆者が一番好きなポール・スタンレーは紫だった。

             80年に坂本龍一の1st EP「WAR HEAD」が発売され、これが目にも鮮やかな紫(半透明)のカラーレコードで、筆者の紫好きを決定づけたと思う。

             82年には一風堂の「すみれSeptember Love」がリリース。ジャケット写真で土屋昌巳は曲名に合わせたのか明るい紫のスーツを着ているが、実はその少し前、高橋幸宏のソロツアーに参加した際にも似た色のスーツを着ていた。

             

             高校卒業後、絵は絵画教室助手のバイトの空き時間などたまに描くくらいだったが、2000年頃にも紫色の絵を描いた(写真2。油彩)。左上は十字架ではなく(そう見えるかもとは思ったが)Deep Purpleのアルバム「Purpendicular」(紫purpleと垂直perpendicularからの造語)がモチーフ。右下は再びPurpleを脱退してしまったリッチー・ブラックモア愛用のストラトキャスターだ。画題は「DP-01」。

             アクリルや油絵具は「赤」と「青」を混ぜても濁ってなかなかきれいな紫にならないので、このときは御茶ノ水「画翠」で6〜7種類の「紫」の絵具を買った。

             

             2016年「シン・ゴジラ」公開。

             過去作品(ハリウッド版も含む)のゴジラが吐く放射熱線はいずれも明るい青色をしていた。チェレンコフ光なのだ(ただし1,2作目はモノクロなのと、95年「vsデストロイア」に登場した通称バーニングゴジラは、体内炉がメルトダウンを起こして赤い熱線を吐くという例外はある)。

            「シン・ゴジラ」でゴジラは都内に進攻、米軍の地中貫通型爆弾MOP2が命中すると初めて効果があった。ゴジラは苦しげに咆哮、口内部と背びれが紫色に光り始め、口から排ガス状のものを吐く。やがてガスは赤い火炎状に、さらに集束して紫色のビーム状へと変わり、なんと背中からもビームを発射して、米軍機も新橋も永田町も首相一行が乗ったヘリも(当然、銀座和光も)えげつなく徹底的に焼き払い、破壊し尽くすのだった!(command Z

             

            | co-verita | 雑ネタ | 15:55 | - | - | - | - |
            江戸川区松島の暗渠探索
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              江戸川区松島の暗渠探索

               

               子どものころから鉄道・地図・地理が好きで、そこから派生的に、建築・トマソン・街歩き・廃墟・工場・暗渠・鉄塔・マンホール・スリバチ地形等にも興味を持つようになった。

               暗渠という言葉は以前から知っていたが、特に意識的に書籍や雑誌を読んだり、歩いてみたりするようになったのは、2016年5月22日、知人の演劇公演で、暗渠(藤右衛門川 他)を題材にした作品を見てからだ。その公演には、暗渠についての著書を出版したばかりの暗渠マニア2人と、担当編集者も来場していた。脚本家でもある劇団の座長が、脚本を書く上で、ネットで調べものをしていた際に知り合って、招いたようだ。

               自分も出版業界にいるので、終演後に3人と名刺を交換し、以後、マニアの2人が主催、または出演する暗渠のトークイベント等に参加するようになった。と同時に、自分でも暗渠を見つけたときに、入り口の写真を撮ったり、時間的余裕があれば歩いてみたりするようになった。有名どころでは、桃園川、弦巻川、谷端川、前谷津川、北沢川などの暗渠だ。

               東京23区の西側(=山の手台地の上)を流れる(または流れていた)暗渠では、川が谷を削ったダイナミックな地形を楽しむことができる。暗渠についての書籍でも、それらの暗渠が多く扱われているし、トークイベントでも、それらの暗渠が話題に取り上げられることが多い。

               対して、筆者(=江戸川区平井在住)の住む下町では、ダイナミックな地形は望めない。しかし「川の手」という言葉があるように、下町にも水路や暗渠自体はそれなりにある。であるならば、下町ならではの暗渠探索、暗渠の楽しみ方があっていいはずだと考え、実践するようになった(若干、天の邪鬼的ではあると思うが)。

               

               2月17日、江戸川区総合文化センター(江戸川区中央)で、所属する吹奏楽団の練習に参加した帰り道に自転車で、以前にも数回は通ったことのあるはずの道路(江戸川区松島4丁目付近)を走っていると、暗渠っぽい(←暗渠には、暗渠であることを示すいくつかの「サイン」が見られる場合がある)小道に気がついた(写真1)。入り口の手前左側に見える、飛び出た水栓(?)も気になる。時間があるので入って歩いてみることにした。

               古い家はこちらの道に背中を向けているし(暗渠サインの1つ)、公園が面しているのにこちら側からは柵があって入れないし、車止めも現れた(暗渠サインの1つ。写真2)。というわけで、どうやら暗渠と断定してよさそうだ。

               その先は「不自然に広い歩道」(暗渠サインの1つ)につながっていた。歩道にも点々と車止めが設置されている(写真3)。車止めは暗渠の入り口にはよくあるが、こういうのは見た記憶がない。

               もう少し進むと、不自然に広い歩道は、道の右から左側に移動。猫がいた(「ニャン渠」と呼ばれる。写真4)。

               左側に移った歩道は、先ほど右側にあったときより幅が狭いが、こちら側にも車止めが設置されている(写真5)。

               さらに進むと、少し開けた場所に出た。右に見えるのは新中川の堤防である(写真6)。新中川につながっているのだろうか。いや、正面に見える木の左前方へとまだ続いているようだ。

               道が蛇行していて、ここもまだ暗渠っぽい(写真7)。と思ったら、行く手に何か大きな建物が見えてきた(写真8)。

               東京都下水道局 西小松川ポンプ所であった(写真9。写真8で正面に見えていたのは、この写真9では左側の、影になっている壁である)。きっとこのポンプ所に地下でつながっているに違いない。

               何気なく入ってみた暗渠だったが、予想外のクライマックスが待っていたおかげで、大変に満足し、帰途についた。短いながらも、なかなかにドラマチックな暗渠探索であった。(command Z)

               

               

               

              | co-verita | 雑ネタ | 15:37 | - | - | - | - |
              極私的・日本の鉄道車両10傑
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                極私的・日本の鉄道車両10

                 

                 今回は「日本の鉄道車両・オールタイムベスト10」をお送りする。

                 

                ■国鉄C62形蒸気機関車

                 マニアではない人や若い世代にとってSLの代名詞はD51(デゴイチ)かもしれないが、D51は製造両数が多かったためにSL終焉期のブームで知名度が上がったというのが筆者の印象だ。子どもの頃の花形は断然、「つばめ」等の優等列車を牽引した、国内最大最強最速のC62(シロクニ)だった。松本零士氏もそれをわかっていたのであろう、「銀河鉄道999」はC62が牽引している。

                 

                ■国鉄EF66形電気機関車

                 狭軌では登場時世界最大出力を誇った、国鉄史上最強の電機。当初は貨物専用で、乗りたくても乗れないところが人を寄せ付けない孤高の存在だった(後年はブルトレ等も牽引)。貨物列車にもかかわらず「とびうお」「ぎんりん」の愛称を名乗り、高速走行可能な貨車を連ねて最高時速100kmで九州〜大阪・東京を走破した。鉄道友の会のブルーリボン賞(以下BL賞)を受賞した機関車は、現在に至るまでEF66だけだ。

                 

                ■国鉄151系特急形直流電車(クロ151

                 新幹線登場前の、優等列車用電車の最高峰であろう。1×2mもの大きな客室窓を備え、パーラーカーの愛称で、「つばめ」「はと」に使用された。同様に大きな客室窓が話題を呼んだ西武001系「ラビュー」が登場する、59年前の話だ。BL賞。

                 

                ■JR西日本新幹線500系電車

                 設計最高速度320km。先鋭的な先頭車形状と、円形に近い車体断面。「異なる文明を持つ異星人が見ても、高速で移動する物体だとわかる」とは専門誌記事より。カラーリングも既存の東海道・山陽新幹線車両とは異なっていた。「TYPE EVA」や現在は「ハローキティ新幹線」にも使用。BL賞。

                 

                 以上4形式(を使用した列車)には、残念ながら未乗である。せめて500系には乗っておきたい。

                 

                ■国鉄583系特急形交直流寝台電車

                 世界初の寝台電車。しかも寝台と座席を転換できて昼夜兼行、さらには交直流両用である。過密ダイヤの日本で効率的な運用を行うため開発された。通称「月光形」。筆者は中1で北海道旅行をした際、往路で「ゆうづる」に乗車。BL賞。

                 

                ■阪急6300系電車

                 前面と側面のバランスや窓配置など「均整の取れた」という表現がぴったり。塗装は伝統のシックな「阪急マルーン」。側面運転室直後の「H」マークのワンポイントも利いていた。世界一美しい鉄道車両だと思う。BL賞。

                 

                ■伊豆急100系電車

                 子どもの頃、毎年夏に伊豆へ海水浴に行っていた。爽やかな「オーシャングリーン+ハワイアンブルー」の塗装が印象的だった。伊東線と直通運転するため、私鉄には珍しいグリーン車を連結していた。

                 

                ■営団地下鉄6000系電車

                 東京の地下鉄の新線開業ではっきり記憶にあるのは千代田線からだ。親戚が住んでいた根津や綾瀬を通ることもあったが、何と言っても6000系車両である。左右非対称の「顔」はまさに異形、かつ未来を感じさせた。技術的にも世界初のサイリスタチョッパ制御、アルミ合金の車体、非常時には前に倒れて脱出用ステップになる正面扉など画期的。ローレル賞受賞。

                 

                ■上信電鉄1000形電車

                 地方の中小私鉄の多くは経営が苦しく、国鉄/JRや大手私鉄、地下鉄から中古車両を購入することが多いが、ときどきは大手顔負けの優れた車両が現れる。正面1枚窓の洗練されたデザイン、側面の斜めストライプは国鉄185系より5年前。ローレル賞。

                 

                ■長野電鉄0

                 こちらも地方中私鉄の名車。小学生時代に長野に旅行をして存在を知り驚いた。正面はFRPを用いた造形で、後の小田急9000形や都交10-000形に通じる。通称「OSカー」。ローレル賞。

                 

                ■次点:南部縦貫キハ10形気動車

                 旧世代レールバスの生き残り。路線廃止前にやっと訪問・乗車が叶った。現在も手厚く保存されている。(command Z

                | co-verita | 雑ネタ | 17:39 | - | - | - | - |
                とりあえずホッとしています
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                   とりあえずホッとしています

                   

                   今回はスタートからしてイレギュラーな展開でした。いつもは専ら「語り継ぐVERITA」に寄稿していたのが、先日さる団体からも執筆の依頼がありました。戸惑いつつも何とか下書きを書き上げ、清書しようといつものようにWordを立ち上げると、異常事態が発生。ディスプレイにデカデカと「Microsoft Office」と表示されたかと思うと、「構成の進行状況」なる画面に切り替わりました。

                   無視してWordを使おうとしますが、全然文章が書けません。前日も同じように突然Officeが立ち上がり、「構成の進行状況」が現れ違和感はありましたが、そのときはいつの間にか消えてしまい、Wordも使わなかったので気にしていませんでした。

                   何かの間違いだろうと再起動をかけ、Wordを立ち上げますが、結果は同じ。仕方なくしばらく様子を静観していると、25文字のプロダクトキーを入力しろと言ってきました。プロダクトキー? 一体どうやって確認しろというのか。こちらを見てみましたが、

                  https://support.office.com/ja-jp/article/Office-2010-のプロダクトキーを確認する-1e8ef39c-2bd4-4581-a0ae-5cf25ebed489

                   

                  オンラインストアからOfficeをダウンロードした覚えも、パッケージ製品を入手した覚えもありません。プロダクトキーを入力できずに作業を中止すると、何やら英語でエラーメッセージのようなものが出てきました。もちろんWordは使えないまま。

                   ほかにいい方法はないかとネットを検索するも、さっぱり要領を得ません。一度原点からやり直そうとパソコン関係の説明書の入った箱を開けると、「Microsoft Office 2010 簡易セットアップガイド」なるものを発見。プロダクトキーも書かれていました。事情はよく分かりませんでしたが、とにかく再び再起動をかけ、プロダクトキーを入力すると、やっとWordが使えるようになりました。

                   トラブル発生から解決までわずか1時間ほどでしたが、一時は連載終了も脳裏をよぎりました。幸いにも危機は去り、しかも格好の執筆ネタが手に入りました。さる団体からの依頼も果たせてよかったです。

                   でも、なぜ Wordが急に使えなくなったのかはよく分からないまま。簡易セットアップガイドがあって、しかもすぐ見つかったのでうまくいきましたが、まったくの偶然の産物で運がよかったです。最近洗濯機や室内灯といった電化製品が、急にトラブルに見舞われて使えなくなったという事態が相次いだこともあるし、折を見て身の回りの持ち物の説明書をチェックしておかねば…、と思っていたら、傘の骨が折れました。こちらはどうやら修復困難なようです。

                  (てーるはっぴー)

                  | co-verita | 雑ネタ | 23:54 | - | - | - | - |
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                    読まれてました

                     

                     先日会社のランチ会に参加した時の話ですが、このブログの私の投稿についての評判を聞きました。「自民党批判で悪評高い」「てーるはっぴーの書いていることがヴェリタの意見だと思われると困る」だそうです(この機会にはっきりさせますが、私の文章は私の個人的見解であって、株式会社ヴェリタの見解ではありません。誤解なきようお願いします)。

                    評判は悪いようですが、何はともあれ、読まれていること、そして反応があったことは嬉しいです。だいぶ前に「てーるはっぴーさんですよね?」と聞かれたことはありましたが、具体的に投稿を批評されたのは初めてです(「国士っぽい」と言われたような気もするんですが…。うろ覚えで申し訳ない)。そしてネガティブな評価なのもありがたいです。「面白かったです」と言われるのもいいですが、我ながら下手でワンパターンな文章、突っ込まれない方が不思議なくらいです。

                    でも、批評される立場で書くのもなんですが、予想通りの意見だな、とも思っています。今の政権や世情に批判的なことを主張すると、「政治的発言」とネガティブな反応が返ってくる事例がよくあります(「政治的」ということは別にネガティブじゃないと思うんですけどね。無関心層が多いからというのもあるのだろうけど、政治に無関心というのも「政治的」だと思います)。

                    しかし、私の意見って「困る」んですかね。確かに賛否両論分かれるテーマを取り上げたことはあるし、自民党に批判的なことも書いてきました。でも、世論調査をみると、一番好きな政党を自民党、と答える人は半分もいないし、安倍内閣の支持率は安定しているといっても、だいたい45%から60%弱といったところ。個別の政策では反対が賛成を上回っていることもあります。

                    http://www.nhk.or.jp/senkyo/shijiritsu/

                    https://www.ntv.co.jp/yoron/

                    https://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_pol_politics-support-cabinet

                    https://www.tv-asahi.co.jp/hst/poll/201907/index.html

                    https://news.tbs.co.jp/newsi_sp/yoron/backnumber/20190706/q3-1.html

                     

                     意外と多くの人が思っていることを書いてきたつもりですが、どうでしょうか。

                     それとも「政治的な話題を出すこと」そのものが問題なんでしょうか。でも、校正者が政治的な話題を書いちゃいけないというわけではないし、大前提として事実でないこと、差別的なことは書かないようにしてきたつもりです。今まで書いてきたことに間違いや差別的な記述があるなら謝罪の上訂正しますが、「政治的である」ことが問題だというなら、それは違うと言うだけです(官房長官風に「それは当たらない」の方がウケそう?)。

                     それにここで政治の話題をしなくなったらヴェリタに何があった、なんていろいろ憶測を呼び…、そこまで話題にはなっていないか。

                    (てーるはっぴー)

                    | co-verita | 雑ネタ | 23:50 | - | - | - | - |
                    色への思い入れ その2:オレンジ色(橙色)
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                      色への思い入れ その2:オレンジ色(橙色)

                       

                       第2回目はオレンジ色(橙色。以下オレンジ)を取り上げる。

                       オレンジは、初めは特に好きでも嫌いでもない色だった。性別や色に関して偏見のない環境で育ったので、子どものころから真っ赤なシャツなども着ていたが、男子向けでオレンジやピンクの服は世の中にあまりなかったのではないか。

                       オレンジを意識した古い記憶の一つが 特撮TVドラマ「人造人間キカイダー」だ。ヒーローが戦う悪の組織のアンドロイド(ダーク破壊部隊)の名は、原則として「色名+動物名」の形を取る。第1話はグレイサイキング=灰色のサイ、うん。第2話はグリーンマンティス=緑のカマキリ、うんうん。第3話はオレンジアント…オレンジの蟻? しかしこれが、蟻酸が武器だというイメージに合っていて、なかなかよかったのである。

                       特撮では「ウルトラマン」の科特隊と「帰ってきたウルトラマン」のMATの制服の色がオレンジだった。新マンは当然、初代へのオマージュの意味があったのだろう。当時は「だからオレンジはかっこいい」にまでは至らなかったが、この2作品でオレンジが印象づけられた。後年、高校の文化祭で、上級生がウルトラマンもどきの映画を作っていたが、やはり防衛隊の制服の色はオレンジであった(水泳部のジャージがオレンジだったのを利用していた)。

                       次作「ウルトラマンA」の第3話には、超獣バキシムが登場した。それまでのウルトラ怪獣は、比較的地味な色をしていた。ところがAに登場するのは、異次元人ヤプールが合成した、怪獣より強い「超獣」であり、それを強調するためか、造形はやや過剰で、色も派手なものが多かった。例えば第1話に登場したベロクロンは、全身からミサイルを発射し、体は赤と青のツートンカラーである。強いんだろうなとは思ったが、どこかおもちゃっぽいなとも感じたものだ。

                       その中にあってバキシムは、対照的な2つの要素をうまくまとめた、派手ではあるが洗練されたデザインであった。前面は灰色がかった生物らしい有機的な、背面は鉱物の結晶を思わせる無機的な造形で、これが鮮やかなオレンジだったのである。そしてこれはオレンジとは関係ないが、バキシムには「空を割って空間を移動できる」能力があり、天空がまるでガラスのようにパリパリと割れる秀逸な演出が、「異次元から来た」ことを視覚的に強烈に印象づけた。現在でも「怪獣総選挙」のようなイベントがあると、レッドキング、ゴモラ、ゼットン、キングジョー、ベムスターといった強くて有名な怪獣に交じって、バキシムが人気上位に顔を出すのもうなずける。

                       そしてオレンジと言えば、レッド・ツェッペリンである。ロックバンドの最高峰であり、 ジョン・ボーナム(ボンゾ)は最も好きなドラマーである。

                       ツェッペリンは中学のときから好きでよく聴いていたが、当時はロックバンドが動く映像を見られる機会は少なく、筆者は映画「狂熱のライブ」を高校のときに初めて見た(当時の渋谷東急)。曲がいい、演奏がうまい、動きがかっこいい…「狂熱のライブ」は今でも一番好きな音楽映画だ。4人のメンバーを1人ずつフィーチャーしたシーンも挿入され、現在までのロックにある要素で、当時の彼らがやっていないのは「打ち込み」だけである。

                       中でも強い印象を残した一つが、ボンゾが叩くラディックのアンバー(オレンジ)ビスタライトだ。筆者は当時まだドラムを始めておらず、楽器の知識がなかったので、本格的なロックバンドであるツェッペリンが、ギミック的な意味合いの強い(と当時は思っていた)アクリル製の透明なドラムを叩くのが面白かった(アクリルのドラムが木製に遜色ないというのは、後に知った)。

                       由来やこだわりはわからないが、ツェッペリンはデビュー当初からオレンジを印象的に使ってきた。1stアルバムのジャケットは、墜落する飛行船がモノクロで描かれた中、バンドロゴだけがオレンジである。裏ジャケは全体が薄いオレンジだ。また5thアルバム「聖なる館」のジャケットは、北アイルランドのジャイアンツコーズウェーと子どもたちの写真を加工してあしらったもので、全体の基調色はオレンジ。解散後に出た4枚組ベストアルバムもオレンジ基調である。

                       こうしてオレンジは自分の中で「格」が上がっていき、好きな色の一つになった。目立つし他と区別しやすいので、いくつか登録しているSNSのアイコンはすべてオレンジだ。PCやスマホの画面を高速でスクロールしても、すぐに目に留まって便利である。(command Z)

                      | co-verita | 雑ネタ | 20:00 | - | - | - | - |
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