語り継ぐVERITA―校正者の独り言―

色への思い入れ その1:青緑(エメラルドグリーン)
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    色への思い入れ その1:青緑(エメラルドグリーン)

     

     子どものころから色彩感覚には優れていたと思う。絵を描くのは得意、クレヨンや色鉛筆のセットがあるとすぐにグラデーション順に並べ、母親には服のコーディネートについて意見を求められた。

     10代後半から、好きな色は?と尋ねられたときは白と答えていて事実そうなのだが、他にもいくつか特定の色に思い出や思い入れがある。それらについて不定期に書いていこうと思う。第1回目は青緑(エメラルドグリーン)。

     

     この色を最初に意識したのは、国鉄103系電車の常磐快速線用の塗色である。常磐快速103系の登場は1967年末だから、その前後の時期のことだろう。実車より先に鉄道の絵本で写真を見た記憶があり、山手線はウグイス色、総武線はカナリア色などと書かれている中に「エメラルドグリーン」とあったのが印象に残っている。

     

    ・青緑という色名と、どんな色かは知っていた。もちろん緑や黄緑も知っていた。混色についての知識もあった。

    ・エメラルドという宝石があり、(いわゆる青緑ほどは青みが強くない)緑色をしていることも知っていた。

    ・青緑をエメラルドグリーンとも呼ぶことは、このとき初めて知った。

     

     また、同じころ、

    ・12色の色鉛筆や絵の具のセットに、黄緑は入っているが青緑はないんだなと思っていた。世の中にあまりない=使う機会が少ない色だからかなと漠然と考えていた。

    ・小学校中学年くらいになると、文具店ではセットにない色をバラ売りしており、あおみどり、うすぐんじょう、あかむらさき、こげちゃいろなどがあると知って喜んだ。

    ・昆虫図鑑を見て、アオスジアゲハやミカドアゲハが好きになった。後に実物を見たときは感激した。

     

     青緑で次に強く印象に残っているのは、初代トヨタセリカ(1970-)である。それ以前にもいわゆるスポーツカーはあったが(トヨタ2000GT、日産フェアレディ、マツダコスモスポーツ、いすゞ117クーペ、ホンダS800など)、それらは物心ついたときにはすでに存在しており、まったくの新車として登場したセリカは魅力的に見えた。このセリカの広告でメインに使われていたボディカラーが青緑で、しかもメタリックカラーだったのである。青緑への思い入れは増した。

     

     中学に入ると本格的に鉄道を趣味とするようになり、営団地下鉄(当時)の資料を本社まで行って入手した。営団は有楽町線、都営は6号線(現・三田線)が最新路線だった時代である。資料の中に今後の路線計画図があり、13号線まで計画があること、未開業線は路線名が定められておらず数字で呼ばれていること、番号順に開業するわけではないこと、未開業線もラインカラーは決まっていることなど、興味深かった。

     中でも気になったのは「7号線」(現・南北線)である。1〜6、8、9号線がすでに開業しているのに未開業(工事も始まっていなかった)。同級生が住んでいた「岩淵町」(現・赤羽岩淵)や、「清正公前」という面白い名の駅(現・白金高輪)を通る。そしてラインカラーは青緑(営団の資料では「エメラルド」)。7号線は何ともミステリアスな存在だったのだ。工事・開業が計画番号の割に遅かったのはおそらく、沿線開発が急速に進んだ東西線などと違い、沿線人口・需要がそれほど多くなかったのではないかと推察する(実際、現在も6両編成で運行している)。

     

     青緑は、言ってみればレアな色である。純色の色相環に含まれるにもかかわらず、自然界には少ない。青緑色の花はほぼなさそうだし、動物では一部のチョウ、甲虫、爬虫類、魚類くらい、あとは鉱物にあるくらいか。

     人工物(地下鉄のラインカラー等)に使う場合も、黄緑に比べて登場する機会が少ない。これは、緑と黄の明度差より、緑と青の明度差の方が小さいので、緑・黄緑・黄は区別しやすいが、緑・青緑・青は区別しにくいことが理由であろう。企業のロゴも、ニトリや花王があるくらいだ。

     かくして青緑は筆者にとって、ちょっと特別な存在の色なのである。(command Z)

    | co-verita | 雑ネタ | 18:43 | - | - | - | - |
    町中華探検秘境派
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      町中華探検秘境派

       

       町中華探検隊という、緩やかなグループがある。

       町中華とは、主に炒飯・ラーメン・餃子などの料理を提供する、個人経営の大衆的な中華料理店で、カレーライス・オムライス・カツ丼などを出す場合もある。定義は人によって揺れがある。町中華以外の中華料理店には、ガチ中華・マジ中華・チャイナ・ラーメン店等がある。

       町中華探検隊は、滅亡の危機にある町中華の研究・記録を行い、主要メンバーはフリーライター、編集者、カメラマンなどだ。活動としては月刊「散歩の達人」(交通新聞社)への連載、著書2冊、CSテレビ番組「ぶらぶら町中華」への出演などがある。

       メンバーの1人が知人であることから、筆者も2015年、門前仲町での探検活動に参加し「入隊」した。ところが、探検隊の活動は主に平日の昼なのだが、筆者はその後、仕事が週刊誌の担当になったため、参加がほとんど不可能になった。

       しかし、であれば1人で(あるいは都合の合う知人と)独自に活動すればいいのだ(探検隊メンバーもそうすることがあり「ソロ活動」と呼ばれている)。というわけで、以来約4年間に60軒超の町中華を食べ歩いた。

       町中華に何を求めるかは、探検隊メンバーの中にも「流派」があるようだが(同じ店に何度も通うとか、極端な人だと「味はどうでもいい」とか)、それらも参考にしつつ、自分では以下のようなポリシーやパターンが、徐々に形成・確立されてきた。

       

      ・店舗の意匠や店主の人柄も大事だが、「その店を語れるかどうか」はあくまでプラスアルファ。

      ・自分は「味はどうでもよ」くはない派。と言っても「普通においしい」レベルを満たしていればOK。化調(化学調味料)もOK

      ・炒飯・ラーメン・餃子が基本の3品と言われているが(それには賛同)、炭水化物を控えているので、飯類・麺類は積極的には食べない(もちろんおいしそうな物があれば食べる)。

      ・一つのメニューがおいしければ総じて他もおいしいし、まずければまずいと思うので、自分がそのときに食べたい物を食べる。

      ・食べ物の好き嫌いがなく、チャレンジャーなので、聞いたことのない料理・他であまり見ない料理・その店独自の料理などは、積極的に頼むことが多い。

      ・主菜+半ライス+飲み物か、主菜+副菜+飲み物といったパターンが多い。飲み物はメニューにあればほとんどの場合、青島ビールを頼む。2杯目に行くなら紹興酒のグラス(小瓶、1号徳利)を常温で。

      ・以下を可能な範囲で観察・記録するか、写真に撮る:訪問日、時間帯、天気、店名、席数(カウンタ・テーブル・座敷)、建物・店舗の特徴、従業員の人数・性別・年代、客層・混み具合、卓上の調味料、備品(テレビorラジオ、新聞・週刊誌・漫画)、メニューの特徴、自分が注文した料理の感想、創業年(これのみは支払時に尋ねる)。

      ・独自にマジ中華やマジ台湾等も対象とする。

       

       探検隊本隊が取り上げている店にも行くが、本隊がまだ取り上げていない、マイナーな鉄道駅周辺・駅から離れた住宅地・地方にある店などに行くのが楽しみになった。

       葉山町森戸海岸「一番」(写真1)、大阪市西中島南方「新京」(写真2)、深谷市小前田「客隆軒」(写真3)、秩父市「天華」(写真4)、松戸市「山喜」(写真5)など、どこも印象に残っている。

       今後も機会を見つけては、特に普段行かない街で食事をするときは、極力町中華に行こうと思う。「隙あらば町中華」である。GWには京急大鳥居駅周辺の町中華を訪ねる予定だ。

       またある理由により東北地方の某新幹線駅周辺にも行きたいのだが、検索した限りでは駅から10km圏内には中華料理店がなく、駅から最も近いラーメン店は閉業してしまったようだ。しかし在来線に乗り換えて3駅目にはよさげな町中華があった。海沿いなので見晴らしがいいかもしれない。いずれ訪れてみようと思う。                         (command Z)

       

      | co-verita | 校正者の暮らし | 17:46 | - | - | - | - |
      私が読んだのもたまたまです
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        私が読んだのもたまたまです

         

         憲法に男女両性の本質的平等が明記されてから70年以上がたちましたが、今でも地方議会では女性議員がゼロ、という自治体があります。鹿児島県垂水市もその一つ。女性市議が今まで一度も誕生したことがないそうです。

         で、3月8日「朝日新聞」朝刊のオピニオン欄にその垂水市の池山節夫市議会議長の発言が載っていましたが、実にひどい。褒めるところがあるとすれば、反面教師として我が身を振り返るよい機会を与えてくれた、ということでしょうか。 

         池山の主張を要約すると、

         

        ・垂水市では女性市議が一度も誕生していない。男尊女卑だといわれるがそんなことは絶対にない、たまたまだ。

        ・女性議員がいないことに対して弊害は感じていない。女性議員の発言で何か気づかされるかもしれないが、間近で聞いたことはない。

        ・男女の進学率には所得によって格差があり、金銭的な余裕がなければ「女の子は我慢してね」という状況もあるかも。不合理ではあるが、それは親の考えること。

        ・昔から男女平等だと思うのに、女性の背中を押すような法律ができるのは不思議。女性が選挙で勝てばいい話。

         

        といったところです。池山はなぜこのように主張するのか。それは自分がそう思うから、もしくは同僚の男性議員がそう言っているから。70年近く生きてきて、思い込みだけで行動して失敗したことがないんでしょうかこの人。もしないとしたら、それこそ「たまたま」でしょう。それに「男女平等だと思う」と書いていますが、その少し前に男女の進学率に差があることや、金銭的な余裕がないと「女の子は我慢してね」となるかも、と男女平等じゃない実態を書いているじゃないですか。自分の文章もまともに読めていないようです。

         これは炎上しているぞと思い、すぐにヤフーのリアルタイム検索でキーワード「垂水市」「池山節夫」で検索してみましたが、意外に反応は鈍い。新聞の一面記事ではないということ、ネット上では有料記事で池山の主張が読めないこともあると思いますが、朝日新聞より発行部数が少ない「SPA!」や「新潮45」が話題になったことを考えるとかなり意外でした。垂水市に苦情が殺到したという話も聞きません。

         よく「人は見たいものしか見ない」と言いますが、関心のあることでも見逃してしまう、「死角」のようなものを人は持っているのかもしれません。かくいう私も垂水市が今まで女性市議が誕生したことがないことで注目されていたなんて全然知りませんでした。偉そうなことは言えませんが、今回取り上げることで「死角」を埋める一助になればと思います。

        (てーるはっぴー)

        | co-verita | 社会の動き | 17:32 | - | - | - | - |
        「なぜ校正は紙で行うのか?」私の意見
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          なぜ校正は紙で行うのか?

           

          「校正はなぜわざわざ紙にプリントしたもので行うんですか? パソコン上でやればいいのに」。先日、このような質問を受けました。そのときは、即座にうまい説明ができずに終わりました。質問主は、こう続けました。「PDFなどのパソコン上の文章でも、今は附箋をつけたり、メモを書き込んだりすることができる。どこに紙で行わなければならない必要性があるんですか? パソコン上だけで行う校正もあったと思いますが」

          たしかに「クラウドワークス」のような、パソコンを使ったアルバイト仕事の仲介サイトでは、ブログなどウェブ上の文章の校正の仕事が提供されており、それらはエクセルなどで送られてきたデータに直接、校正を書き込んで行うようです。

          基本的には、最終的な出版形態が紙である場合に紙で、ウェブである場合にパソコン上で、行うのでしょう。

          しかし、上の質問主の方は、「紙で出版する場合でも、文字データは一度パソコン上で作るから、パソコン上で校正すればいいのではないか」、と問いたそうでした。

          これについては、最終形態が紙の印刷物なら、それに可能な限り近い状態で作業するのがよいと考えられているために、紙にプリントしたもので校正を行うのでしょう。これは、パソコン内のパソコンソフト上のデータをプリントし製本する際にも、落丁など何か齟齬が生じる可能性を考える、機械への不信用があるためと考えられます。

          けれども、このように答えても、納得はされないかもしれません。パソコンやパソコンソフトやプリンターという機械が精密に作られていれば、齟齬は起こりえないと。

          それはその通りだと思います。

           

          わたしは、他にも、各校正者用にパソコンを一台ずつ揃える費用が掛かるからではないか、とも口にしました。加えて言えば、パソコン上のデータは、誤って消去してしまうことがある、故意に改竄されうる、という理由。校正者と編集者のパソコンが異なる場合、データの受け渡しや、パソコン内でのデータの整理が面倒になる、紙の方が受け渡しや整理がしやすい、という理由も挙げられると思います。

          紙で行うより決定的理由は、校正は、原稿とゲラの2つを扱う作業であることにあると思われます。2つを比べる「引き合わせ」を行うときに、パソコン内だとやりにくい、というのが大きな理由ではないでしょうか。アオリ、折り合わせ、という技法はパソコン内では使えません。

          引き合わせに関しては、このようでありますが、質問主の方は、素読みに関わる、つぎの疑問もおっしゃっていました。

          「紙で行うのとパソコン上で行うのとで、校正の精度は変わるのか。もし紙の方が正確性が高まるなら、紙で行うのは理解できるが」

          これはどうなのでしょう?

          引き合わせは、上述のように、パソコン上だと精度というよりも、やりにくさがまず存在します。しかし、素読みになると、どうでしょうか。

          誤字脱字への気付きの精度は、紙とパソコンとで変わるのか?これについて、素読みで行う場合には、わたしの感覚ではどちらも変わりないように思えます。紙であれば素読みの精度が高まるとは、とくに言えない気がします。

          ただ答えの一側面として、つぎのことも言えるでしょう。校正記号の使用により、校正指示が簡潔明瞭にできるのが校正であるから、校正記号を使える紙の上において、校正はしやすくなる、と説明できると思います。

           

          総じて、校正が紙で行われることが多いのは、

          ・出版では紙の印刷物を最終形態とする場合がいまだ多く、それに可能な限り近い形態で作業するため、

          ・データの受け渡しと整理は、パソコンより紙のほうがやりやすいため、

          ・引き合わせは紙で行う方がやりやすいため、

          ・紙の上だと校正記号が使えるため、

           

          というところでしょうか。これは紙の方がやりやすいということであり、パソコン上のみで行うのは不可能かというのは別問題と考えられます。

                                                                                                                     (とし)

          【管理者より】

          ヴェリタのオフィスで、というよりは、派遣を中心とした校正の現場で仕事をしている仲間、(とし)さんからの投稿です。

          オフィスなどでは 紙を使った仕事よりも、1人1台ずつ持っているパソコンをフル活用した仕事が毎日の仕事の中心です。

          その意味では、(とし)さんの意見は、自分の現場に忠実に、自分の頭で現実に向きあい、考え抜いた結果であり、貴重な見解だと思います。

          とはいえ(とし)さんには、もう少しオフィスに来てもらい、その現状からもう一度考え直してみることを勧めなければいけない、と痛感しました。

          皆さんからの意見も求めます!

          | co-verita | 校正・校閲豆知識 | 18:56 | - | - | - | - |
          呪術師の記憶
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            呪術師の記憶

             

             2月19日、両国国技館で「ジャイアント馬場没後20年追善興行〜王者の魂〜」が開催されたが、副題に「アブドーラ・ザ・ブッチャー引退記念〜さらば呪術師〜」ともあったように、同大会でブッチャー選手の引退セレモニーが行われた。本当に長い間、お疲れ様でした。

             来日回数は最多の140回超。日本で最も有名な外国人レスラーの1人と言っていいだろう。初来日は1970年。筆者がテレビでプロレスを放送のたびに見始めたのは1975年ごろだが、そのころすでに全日本プロレスでトップレスラーの1人になっていた。

             ニックネームは「黒い呪術師」。当時はスーダン出身ということになっていた(実際にはカナダ出身)。レスラーにはしばしばギミックのプロフィールが与えられる。また仰々しいニックネームも付けられた。白覆面の魔王、鉄人、人間発電所、鉄の爪、生傷男、荒法師、狂犬、人間風車、千の顔を持つ男……。これらが、試合を見る前からファンの想像をかき立てたのである。

             ボボ・ブラジルと共にトップクラスにまで上った黒人レスラーである。当時筆者は知らなかったが、黒人に対する差別は今よりもひどく、特に肌を合わせるプロレスではそれを嫌う白人レスラーもいたのだと後から知った。表には出さないが、ブラジルやブッチャーも苦労しただろうと察する。

             75年ごろは白いコスチュームを着用しており、流血戦になると赤い鮮血で染まるのがよくわかった。本人かスタッフかはわからないが、その効果を狙っていたのかもしれない。またそれゆえにテレビでは刺激が強すぎるので、後に黒などのコスチュームを着用するようになったとも考えられる。

             漫画「タイガーマスク」にも登場し(同作品には実在する多くのレスラーが登場する)、確か6人タッグでタイガーと対戦した。試合前には「アブドーラ、アブドーラ……」と「呪文」を唱えていたが、テレビで見る本物のブッチャーがそのような呪文を唱えているのは聴いた記憶がない。漫画ではタイガー第3の必殺技「タイガーV」に敗北を喫したはずだ。「ホゲエエエ」などと叫び、白目を剥いて、口からは泡を吹いていた記憶がある。

             

             そしてブッチャーと言えば、「吹けよ風、呼べよ嵐」である。

             当時はレスラーの入場時に「テーマ曲」を流し始めたころで、全日ではミル・マスカラスの「スカイ・ハイ」(ジグソー)、ザ・ファンクスの「スピニング・トーホールド」(クリエイション)などが人気を誇っていた。実際この2曲はかっこいいし、選手のイメージにもよく合っている。

             しかし、ピンク・フロイドの「吹けよ風、呼べよ嵐」ほどレスラーのイメージを具現化した曲を、筆者は他に知らない。そもそも「スピニング〜」はファンクスをイメージして書き下ろされた曲だし、「スカイ・ハイ」も同名映画の主題歌なのだから、空中殺法を得意とするマスカラスに合うのは当たり前と言えば当たり前だ。

             ところが「吹けよ〜」は、ブッチャーとも悪とも地獄とも無関係なのである。この曲をブッチャーのテーマに選んだ人はまったく天才的である(日本テレビディレクター今泉・梅垣・桜井の3氏の誰からしいところまではわかった)。

             大槻ケンヂは子どものころからプロレスが好きで、ブッチャー→フロイド経由でロックに目覚めたらしいから、ブッチャーがいなければ筋肉少女帯はなかったかもしれない。

             

             繰り出す技は非常に少ない。投げ技や関節技は使わない。いわゆる地獄突き、頭突き、クロー、凶器攻撃、噛みつき、とどめのいわゆる全体重を乗せた「毒針エルボー」ドロップ……これくらいだ。それで観客を飽きさせずに試合を組み立て、トップを張っていたのだからさすがだ。間の取り方が絶妙なのである(これはよく比較されるタイガー・ジェット・シンも同様で、シンの場合は執拗なまでのコブラクロー狙いである)。

             地獄突きに関しては、テレビ解説者の確か山田隆さん(田鶴浜弘さんだったかも)が、コンクリートバンテージ(手指の先をテーピングでギプスのように固めてしまう)という用語を使って解説し、なるほどそれで突かれたら痛いだろうと思ったのを覚えている。一方、凶器シューズに関しては、あれはさすがに反則だろうとも、でも(テレビ画面で見る限り)あんまり硬くはなさそうだなとも思った。

             ブッチャーの試合は流血戦が多かったが、額がギザギザの傷痕になっていてすぐに破れてしまい、逆に言うとざっくり深い傷を負うわけではないので、それほど怖いとか気持ち悪いとは思わなかった。それよりも、ある試合で馬場に額を蹴られて、大きな体に似合わない、怪鳥のような甲高い悲鳴を初めて聞いたときの方が不気味に感じたものだ。

             またブッチャーは、タッグパートナーをうまく使う。ザ・シークは先輩格なのでちょっと違うが、全日ではマーク・ルーイン、キラー・トーア・カマタ、TNT、ジャイアント・キマラ、ジャイアント・キマラII、新日ではバッドニュース・アレンらである。

             

             印象に残っている試合は、大木金太郎との頭突き世界一決定戦(1975)、ジャンボ鶴田試練の十番勝負の第6戦(1976)、たぶんこれが一般には最も有名な、世界オープンタッグ選手権の決勝戦(1977。シークと組んでファンクスと対戦し、テリー・ファンクの腕をフォークで突いた)、ジャイアント馬場が左大腿骨骨折からの復帰戦(1991。馬場&ラッシャー木村&渕正信vsブッチャー&キマラI&キマラII)などなど。

             特に強烈なインパクトがあったのは、あまり語られることはないが、第5回チャンピオン・カーニバル(1977)公式戦初戦での、「猛牛」ブル・ラモスとの一騎打ちだ。

             当時の全日はざっくり言うと、悪役レスラーにも派閥(?)があり、ブッチャー軍とキング・イヤウケア軍が2大勢力で、異なる派閥のレスラーが同じシリーズに来日することは基本的になかった。が、チャンピオン・カーニバルだけは例外で、このときはブッチャーと、イヤウケア軍の副将格ラモスが戦ったわけだ。

             試合開始と同時に(あるいはゴング前だったかもしれない)、両者が勢いよくぶつかり合い、技らしい技はなく、しかし激しく殴り合って戦場はリング外に移り、場外でもそのまま殴り合いが続いて、程なく両者リングアウトのゴング(記録を見ると4分45秒とある)。この試合を筆者は当時のテレビ中継で1回見ただけだが、軍団のプライドを懸けたような激しい戦いぶりが強く印象に残っているのだ。

             トップ外国人同士の戦いでは、スタン・ハンセンvsアンドレ・ザ・ジャイアントがよく知られているが、このブッチャーvsラモスと、スティーブ・ウィリアムスvsコンガ・ザ・バーバリアンがパイプ椅子でがんがん殴り合った試合も、迫力では負けていないと思う。

             ブッチャーと、馬場やデストロイヤーとの対戦は数多く見ているが、多すぎて若干どれがどれだかわからなくなっている。しかし動画サイトで見られるたいていの試合は記憶にあるのがすごい。

             馬場とはリング上では激闘を繰り広げたが、それだけ多く来日して試合が組まれたということは、当然ながら信頼を置かれていたわけだ。他の外国人レスラーのまとめ役も担っていたようである。そして、背の高い馬場と横に大きいブッチャーとの戦いは、じつに「絵」になった。

             

             時は流れて、2018年9月30日。大相撲を引退した大砂嵐が、RIZINのリングで総合格闘家としての再スタートを切った。対戦相手はあのボブ・サップ。第1試合、大砂嵐から先に入場だ。入場テーマ曲は……なんと「吹けよ風、呼べよ嵐」である。なるほど「嵐」つながりか。しかも大砂嵐は正真正銘のアフリカ出身だ。

             試合は明らかにサップが優勢で判定勝ちしたが、大砂嵐も健闘したと言っていいだろう。総合なので凶器攻撃はあり得ないが、ブッチャーのように強くて怖くて愛される選手になってもらいたい(敬称略)。(command Z)

            | co-verita | 本・映画・演劇・音楽 | 00:10 | - | - | - | - |
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