語り継ぐVERITA―校正者の独り言―

色への思い入れ その4:青みがかった銀
0

    色への思い入れ その4:青みがかった銀

     

     ぴったりした色名を知らないが、青みがかった銀というか、メタリックで彩度の低い青というか、そんな色にまつわる話をいくつか。

     

     小学生時代はプラモデルを作った。高学年になるとそれなりに技術や持続力(製作に日数がかかるので)が必要なミリタリー物に手を出した。ミリタリー好きというより箱庭的な楽しさから、よくジオラマを作った。商品ラインナップが充実していたのは、タミヤ1/72スケールのドイツ陸軍だ。

     実在する軍隊の兵器や軍服には規定の色があり、模型メーカーも専用の塗料をそろえている。例えばドイツの軍服はフィールドグレーだ。そして、よく使う色はその色自体が売られているが、少量しか使わない色は「これとこの色を混ぜよ」と組立説明書に書かれていた。ドイツ軍のヘルメットはフィールドグレーに少量のブルーとシルバーを混ぜた。

     こうして水彩絵具より高度な混色、特に銀を混ぜて金属光沢のある色を作る技を知った(さらに言えば、色には大きく分けて普通の色・透明な色・金属光沢のある色があると認識した。金属光沢のある黄色が金だ。透明な色についてはプラモデル以前に、ダイヤブロックやレゴでなじみがあった)。

     一方、特撮が好きだった筆者は、ブルマァクのソフビを集めていた。フルサイズのものは高かったが、後発の安価なミニ怪獣シリーズは結構な数を持っていた。ただし、形はそれなりによくできていたが、色が「実物」とは違うことがほとんどだった(コスト面からであろう)。

     そこで自分で塗装し直すことを始めた。最初に塗ったのがマグマ大使に登場した水爆怪獣グラニアである。劇中ではグレーっぽいような銀っぽいような色をしていたが、プラモの技を応用し、銀に少量の青と緑を混ぜて塗ってみたところなかなかの見栄えになった。「最初に」と書いたが他の怪獣のはっきりした記憶はなく、塗ったのはグラニアだけだったかもしれない。

     

     誕生日かクリスマスに買ってもらったタカラ少年サイボーグは、内部のメカがメタリックブルーを選んだ。カタログの表記は「ブルー」だったと記憶しているが、Wikipediaを見るとまさに「バリエーションは内部メカが銀・金・青みがかった銀の3種」と書かれている。

     

     中学に入ると新しい自転車を買ってもらうことになり、初めてスポーツ車を選んだ。メーカーは確かミヤタで、カタログを見ると青みがかった銀色のモデルがあった。当時の主流は黒だったが、そのモデルに決めた。実車はカタログ以上にいい色で、よく乗り歩いた。

     

     1996年、所属していた吹奏楽団でSFをテーマにコンセプチュアルステージを企画した。筆者はもう1人のメンバーと印刷物制作を担当。絵柄は名作SF映画に登場するキャラクターや宇宙船などのコラージュに決まった。アマチュア楽団ゆえ毎回1色刷りで、特色をDICの色見本から選ぶのだが、今回はSFぽさを出すためにメタリックな色のインキを調合してもらうことにした。筆者が仕事がら印刷所をよく知っていたこともあった。最も印刷部数が多く人目につくチラシを銀+青、チケットを銀+赤、パンフを銀+黒とした。印刷当日には現場に出向き、その場で色味を試しながらイメージ通りの色を作ってもらった。

     

     特撮では仮面ライダーXのマスクや、ハンミョウ獣人がこの色だ。ジャイアントロボ、ロボット刑事K、ガイガンなども近い。楽器ではアイバニーズギターのジョー・サトリアーニモデルにこの色がある。自動車ではマツダ3代目デミオのボディカラーであるクリアウォーターブルーメタリックやアイシーブルーメタリック。鉄道車両ではこの3月に登場したJR東日本E261系(サフィール踊り子)の車体色がやや近いかな。(command Z)

    | co-verita | 雑ネタ | 12:43 | - | - | - | - |
    In C
    0

      In C

       

       アメリカの作曲家テリー・ライリー(1935-)に、「In C」(イン・シー、「ハ長調で」の意)という作品がある。簡単に説明すると以下のような曲だ。

       

      ・楽譜があり、No.1〜53の短い単旋律のフレーズと、作曲者自身による演奏上の注意が示されている。

      ・何人で、どんな楽器編成で演奏してもよい。声でもよい。

      ・個々の演奏者は、それぞれのフレーズを任意の回数だけ繰り返し、次のフレーズに移る。BPMは共有する。

      ・周りの音をよく聴き、お互いのフレーズが2〜3以内に収まっているのがよい(例えば自分がNo.1のフレーズを演奏しているときに、No.4が聴こえてきたら、No.2に移るのがよい)。

      ・強弱は自由につけてよい。

      ・アンサンブルを助けるために、C(ド)の音を8分音符で刻む「パルス」を入れてもよい(「指揮者」ではない)。

      ・演奏が難しいフレーズは飛ばしてよい。適宜休んで(演奏を止めて)もよい。フレーズの番号を戻ることはしない。

      ・全員がNo.53にたどり着いたら、適宜1人ずつ抜け(演奏を終了し)、全員が演奏を止めたら終わり(およそ1時間程度の演奏になることが多い)。

       

       つまり、楽譜はあるものの、即興的な要素を含んでおり、そのつど違う演奏になるわけだ。ずれながら進行しても音楽として成立するように、巧みに計算して作曲されている。

       筆者がこの曲を知ったのは、1999年に「響きのルネッサンス 音律の太平洋 モノフォニー・コンソート」という演奏会で生演奏を聴いてのことだ。ライリー氏自身も参加し、パルスは高田みどり氏であった。

       

       その後、知人が年に1回「ゆるゆる集まってテリー・ライリー『In C』生演奏オフ会」を主催していると知り、筆者も2015年から参加している。好んで多くは野外で開催されている。筆者はいずれもパルスでの参加。もともと所有していたグラナイトブロック(大小5個セットの樹脂製ブロック)の小さい方から2番目がCの音なのでうってつけだ。

       

       2015/09/19 @そら庵(東京都江東区):深川にあった多目的スペース的なカフェ(同月30日に閉業。元は印刷工場)。このときはまず屋内で1セット演奏し、すぐそばの隅田川堤防に移動して2セット目を演奏した。

       2016/06/11 @JR鶴見線海芝浦駅(横浜市鶴見区):鉄道ファンには有名な海に面した無人駅。休日の日中は1時間以上電車が来ない時間帯があるのを利用。

       2017/09/23 @宮代町郷土資料館内旧加藤家住宅(埼玉県宮代町):200年以上前に建てられた藁葺き屋根の民家で町指定文化財。以前に当ブログ「洞窟で演劇を観る」で紹介した劇団の公演の一部として。

       2018/08/26 @海岸通ギャラリーCASO(大阪市港区):このときは別の主催者。大阪港に面した現代美術ギャラリーに、筆者が参加した中では最多の19人が参加。会場が広いので、パルスの音量はいつもより大きめに。事前に告知した上で、一般観覧者もいる中での演奏だったが、踊り出す人もいて楽しいことに。ギャラリーという会場の見た目的な面白さ・きれいさや、映像の編集もよくできているので、動画を紹介しておこう。

      https://www.youtube.com/watch?v=p_7qz8RsjJM

       

       2019/09/23 @取手緑地運動公園(茨城県取手市):利根川の河川敷にて。ドローンで空撮も。

       2020/05/02 @オンライン:当初は代々木公園等の案も出ていたが、コロナの影響で初のオンライン合奏に。通信の遅れが軽微な音楽向けアプリもあるが、実験の意味もあってあえて会議用のZOOMを使用。案の定、音が遅れたり途切れたりしてなかなかのカオスになったが(笑)実験の意義はあった。ZOOMの音量自動調整機能やノイズキャンセル機能は、オフに設定するのがいいようだ。筆者のバーチャル背景は、ピンクフロイド「PULSE」ツアーのステージセットを設定してみた。

       

       ちなみにBPM=96で1時間の演奏になった場合、パルスは1万1520回叩く計算になる。

                                                                                                                                                                     (command Z)

       

       

      | co-verita | 本・映画・演劇・音楽 | 16:44 | - | - | - | - |
      ローカル私鉄廃線10
      0

        ローカル私鉄廃線10

         

         鉄道が「趣味」になったのは、中学からの電車通学と、同じころ父親が買ってくれた『山渓カラーガイド 日本の私鉄 1 ローカル編』(写真:広田尚敬、文:吉川文夫、1976年)がきっかけだ。名前も知らなかった路線や車両に魅せられ、鉄道に「箱庭の中の小宇宙」的な魅力を見いだすようになった。

         学生時代はよく旅行に行った。自分が訪れてその後廃止されてしまった私鉄路線を訪問順に挙げる(ちょうど10あった)。写真はしまい込んでしまったので、機会を改めて公開したい。

         

        ■尾小屋鉄道(石川県)

        「廃止されるからその前に」と乗りに行った初めての路線。営業最終日に中学の終業式からタクシーで東京駅→新幹線→米原からL特急しらさぎで小松へという強行軍だった。尾小屋鉄道の列車は大混雑、大雪のため途中の倉谷口で運転が打ち切られ、終点の尾小屋まで行けなかった。ナローゲージ(762mm軌間)の鉄道に乗るのも初めて、かつ当線は日本最後の非電化ナローであった。

         

        ■北陸鉄道能美線(石川県)

         尾小屋鉄道の翌日に乗車。まだ廃止予定はなかったが、すでに10〜15時は運行休止・バス代行という状況だった。鶴来(つるぎ)灯台笹(とだしの)上開発(かみかいほつ)など難読駅名が多かった。

         

        ■福井鉄道南越線(福井県)

         廃止直前に乗りに行った。すでに元の全線の半分近くが廃止され、最後まで残った2両の130形電車は、正面非貫通2枚窓の素朴な印象。北陸の駅名には「電鉄○○」「社○○」「○○新」など、東京周辺にはない付け方が見られる。

         

        ■東武鉄道熊谷線(埼玉県)

         大東武にも非電化路線があった(歴史的経緯による)。キハ2000形が単行または2連で走っていた。大幡駅前で飲み物を買った商店のおばあさんと孫娘はどうしたかなあ。

         

        ■鹿児島交通枕崎線(鹿児島県)

         南薩(なんさつ)線とも呼ばれた。廃止1年前、大学入学前の春に乗りに行った。入学祝いにもらったニコンFEをこの旅行から使用。前頭部が半円形の気動車キハ100形が主力車両。濃いオレンジ色に紺色の帯が南国のイメージに合っていた。

         

        ■下津井電鉄(岡山県)

         上記枕崎線の帰りに寄った。全線廃止は少し後だが、すでに元の全線の半分以上が廃止され、他の鉄道と接続していなかった。ナローゲージ。

         

        ■別府(べふ)鉄道 野口線・土山線(兵庫県)

         2線合計8.5kmの小私鉄。土山線はディーゼル機関車が木造の2軸客車を引く、模型のような路線であった。

         

        ■南部縦貫鉄道(青森県)

         冒頭の『日本の私鉄』で最もインパクトがあったのが当線の写真。レールバスに、枕木の廃材で造ったホーム、日本にこんなところがあるんだと思った。廃止が発表され、これは行かねばと出かけた。4月には珍しく雪が降り、いい写真が撮れた。夜、地元の飲み屋に行ったら「奥の座敷で副町長と南部縦貫の社長たちが来て鉄道保存の話し合いをしてるから、ファンの立場で意見を述べてほしい」と言われ、恐縮しながら交ぜてもらった。

         

        ■十和田観光電鉄(青森県)

         南部縦貫の帰路に乗車。当時は廃止予定もなく強い印象は残っていないが、名車3400形がいた。

         

        ■鹿島鉄道(茨城県)

         関東鉄道(鉾田線)から分社。近いのでいつでも行けると思い訪問していなかったが、久々に「廃止されるからその前に」乗りに行った。

         

        ■番外編:東京急行電鉄玉川線(東京都)

         小さいころ世田谷の親戚の家に行くのに何度か乗った。本稿執筆にあたり母親に確かめたら「渋谷から上馬まで乗ったのでは」とのこと。独特の形状をした200形電車は記憶にある。

         どの線も廃止になるくらいなので目立った観光地などは少なく、多くはのどかな田園地帯を走っていた印象だ。次の機会には、印象に残る現役の路線を紹介したい。(command Z)

         

        | co-verita | 雑ネタ | 21:04 | - | - | - | - |
        好きな映画 オールタイムベスト10
        0

          好きな映画 オールタイムベスト10

           

          ■2001年宇宙の旅(1968

           筆者にとって今後も不動の1位であろう(他は順不同)。初めて見たのは高3時の再ロードショー。もともとSFは好きだったが、台詞や説明が少なく見た者に考えさせる作りで、映像・音楽が素晴らしく、後半のシュールな展開も好き。長年「ぴあテン」1位だったのもうなずける。一つ失敗したのは上映前にパンフのネタバレ(HALの読唇術)を読んでしまったこと。以来、見る予定の映画の事前情報は極力仕入れないようにしている。

          ■レッド・ツェッペリン狂熱のライヴ(1976

           音楽映画1位。好きなバンド全盛期のライブを収録したこともあるが、音楽のあらゆる要素が凝縮されている。ブルーズ、ハードロック、プログレ…、メンバー4人をフィーチャーした別録りシーンはPVの先駆けだし、いまある音楽で、彼らがこの映画でやっていないのは「打ち込み」だけ。

          ■ストップ・メイキング・センス(1984

           米バンド、トーキング・ヘッズのライブを収録。スタイリッシュな作り、かつバンドや音楽の良さが伝わってくる。冒頭、デビッド・バーン1人の弾き語りから、徐々にメンバーが増えてくる演出がよい。

          ■A Y.M.O. FILM PROPAGANDA(1984

           YMO“散開”ライブと、撮り下ろしのドラマ部分が交錯。鶴見線昭和駅、根岸競馬場など、ロケ地の選定が秀逸。終盤のツアーセット炎上シーンで「終わり」を実感。台詞は一切なく、冒頭に女、最後に少年の短いナレーションが入るのみ。

          ■三大怪獣 地球最大の決戦(1964

           ゴジラ第1作をリアルタイムで見たらそちらが入ったかもしれないが、筆者の世代では叶わず。本作はゴジラ最大のライバル、キングギドラが初登場。その造形と圧倒的な強さ。

          ■ガメラ2 レギオン襲来(1996

          「ゴジラKOM感想」でも触れた、金子修介監督の「怪獣映画は、怪獣自体が大嘘だから、怪獣以外は全部本物に見えなきゃいけない」が具現化された、大人が楽しめる作品。映画初の日本SF大賞。「火力をレギオンの頭部に集中し、ガメラを援護しろ」は特撮史上に残る名台詞。

          ■シン・ゴジラ(2016

           制作発表当初はマニア向けかと思ったが、平成ガメラ3部作の路線を押し進めたリアリズム、恋愛要素等の排除、第1作のゴジラが存在しない設定(「怪獣」という言葉は使われない)、過去作へのオマージュ、緻密な伏線とその回収…等々、従来とは一線を画す、かつ第一級のエンタメ作品に。日本アカデミー賞7部門制覇。劇場で18回見た。

          ■真夏の方程式(2013

           東野圭吾作品もTVシリーズ「ガリレオ」も好きである。劇場版前作「容疑者Xの献身」も良かったが、映像の美しさや楽しさの点で、夏の海が舞台のこちらを。

          ■未知との遭遇(1977

           中学卒業式の前日にSF好きの友人たちと当時のテアトル東京で見た。ストーリーはシンプルだが、冒頭から徐々に盛り上げてクライマックスでドーンと来る。インドで「例の音」を聞いた住民たちが一斉に空を指差すシーンが好き。ド派手で巨大な宇宙船は、リアリティに欠けても楽しいからOK。ハッピーエンドなのものよい。

          ■スター・ウォーズ(1977

           高1夏休みの公開時に見た。テーマ曲冒頭の「ジャーン」を聴くと今でも高揚する。複数の星系の自然・生物・文化を創作するスケール。冒頭のファルコン号と超巨大戦艦をはじめ、登場メカも魅力的。シリーズは全作見たが、この第1作(エピソード4)と、その裏話に当たる「ローグ・ワン」が面白いかな。

           次候補はブレードランナー、ゼロ・グラビティ、六月の蛇、鉄男、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブなど。基本的にエンタメには非日常性を求めるので、ベスト10は派手で極端な作品が多くなったが、何気ない日常を描いた小品も結構見る。(command Z

          | co-verita | 本・映画・演劇・音楽 | 21:03 | - | - | - | - |
          女子プロレスラーと飲む
          0

            女子プロレスラーと飲む

             

             2月23日、中野の「ぱわすぽ」で開催された「猛毒隊スペシャルイベント」に参加した。この店は、元・全日本女子プロレスの山田敏代選手が店長を務め、現役のまたは引退した女子レスラーを招いたイベントを頻繁に開催している。

             この日は当初、元・FMWのヒールユニット「猛毒隊」のシャーク土屋、クラッシャー前泊の両選手が参加予定だったが、急きょ、同じく元猛毒隊で筆者がファンであるバッドナース中村選手も大阪から駆け付けることになり、中村選手のSNSで知った筆者も参加を決めたしだい(途中から元猛毒隊の里美和選手も来店、スタッフ側には元LLPWのキャロル美鳥選手がいた)。

             ぱわすぽには初めて行った。基本的にはカウンターバーで、中央に、厨房からつながったサーブするスペースがあり、それを取り囲む形で10数席が設けられている。それから察するにたぶんいつもそうなのであろう、前にゲストが出て観客がそれを聞き、その後に質問コーナーといったトークライブではなく、サーブスペースに選手たちがいて飲み物や料理を運んでくれ、客はお気に入りの選手とそれぞれ話す(といっても店が狭いので、誰かが話せばたいてい店中に聞こえる)スタイルだ。

             筆者はこの日の参加選手やFMWのTシャツは持っていないが、ヒールつながりということで「now」Tシャツを着て行った。まずは筆者が持参した、20年前の「週刊プロレス」(中村選手がベビーフェイスの「ナース中村」からヒールに転向した時期)を回し読みして盛り上がる(この号には山田選手以外の全員が掲載されており、山田選手も含めて全員にサインを書いてもらった。もちろんそのつもりで油性ペンも持参)。

             選手または店長からは「あたし(この子たち)にも一杯おごって〜」と声がかかり、ぶっちゃけ、レスラーがキャバ嬢を務めるキャバクラみたいなものだ(笑)。土屋選手は団体のトップヒールを務めただけあって「おいグラスが空だよ!」と言われるとかなりの迫力(目は笑っていたが)。ただし選手たちはほとんどがソフトドリンクを飲んでいたもよう。

             この日は全員が引退していることもあり、かなりの裏話が聞けた。印象に残ったものをいくつか。

            筆者「『バッドナース中村』のリングネームはバッドニュース・アレン選手へのオマージュだとネットに書かれていて、すごくセンスがいいと思っているんですけど、名付けたのは誰ですか」

            中村「『ナース中村』も『バッドナース中村』も、大仁田(厚)さんが付けたんです。だから真相は大仁田さんに聞かないとわからないけど、でも(アレン選手へのオマージュだというのは)たぶんそう」

            土屋「他の団体だと、場外乱闘に客が巻き込まれないように、セコンドに付いている選手は客を守らなきゃいけないけど、FMWでは『レスラーに手を出したら客が悪い』ことになっていたんで、客をボコボコにしてよかった(笑)。LLの(=LLPWが主催する大会の)会場では、一瞬どうしようかなと迷ったら、(LL所属の)遠藤(美月選手)が客を止めに入ったんで、代わりに遠藤をボコボコにした(笑)」

            中村「ツッチー(=土屋選手)、ここ(自分の額を指す)、(ベビーだった時代に)ツッチーに鎌(写真で土屋選手が持っているのが実物)でやられて、最近ちょっと髪が薄くなってきたら目立つんだけど(苦笑)」

            土屋(苦笑)

             隣席はキャロル選手のファンだという筆者とほぼ同世代の男性で、昭和プロレスの話で盛り上がった。ビンゴ大会では前泊選手が名古屋でやっている店のTシャツが当たった。店の前のリングを模したコーナーで記念撮影をし(あとでパネルに仕立てて郵送してくれるシステム)楽しく帰途についた。(command Z

            | co-verita | 本・映画・演劇・音楽 | 20:54 | - | - | - | - |
               1234
            567891011
            12131415161718
            19202122232425
            262728293031 
            << July 2020 >>
            + SELECTED ENTRIES
            + CATEGORIES
            + ARCHIVES
            + MOBILE
            qrcode
            + LINKS
            + PROFILE